第二幕(2)
全員が足を止めて踊り終えると、稽古場に満ちていた光は霧のように掻き消えていった。
エリーは目を閉じ、体を満たす心地良い疲労感と、この魔法の名残が満ちた稽古場の空気に浸った。呼吸が整えながら、他の生徒と同じく全身の柔軟をしていく。
そうしているうちに、正午を知らせる鐘の音が窓の外から響いた。
「ディアナ、ランチの前にシャワー浴びてきていい?」
いつも昼を一緒に食べる友人に、エリーは声をかけた。
「もちろん。……いい席、取っておくわよ」
ルノの後ろ姿へ目くばせして、ディアナは声を落として告げる。それに対し、エリーはわざと不機嫌そうな表情を浮かべる。
「別に、いいわよ」
くすりと笑ったディアナは、もう一度視線を戻した。
その瑠璃色の瞳が見つめるのは、黒髪の方ではなく、鮮やかな髪色の方だ。
稽古場を出たミーシャは、廊下の人波を縫って、ルノへ声をかけた。
「おーいルノ! 天気いいし、昼はテラスで食うだろ?」
「ああ」
言ってから、ルノは荷物の中に入れたと思っていた予備の靴がないことに気がついた。
「悪い。稽古場に忘れ物した」
「え~! 今日、10食限定デザートある日だぞ!」
「先に行っててくれ」
ルノは踵を返し、今来た廊下を駆けていく。さっき出てきた扉を開けて、誰もいない稽古場の中へ入る。
縁の装飾も美しい、大きなガラス窓からは、よく晴れた青空と外の庭園の木々が見えた。差し込む日差しに、稽古場の埃が光の粒のように舞っている。ルノには何もかも、見慣れた景観だ。
(あった……)
稽古場の棚から、ルノは舞踏靴の入った袋を手に取った。袋には家の紋章が刺繍されているが、念のため中身を確認する。
中には、黒に金の装飾がされた、真新しい舞踏靴が一足入っていた。今制服とともに履いている舞踏靴とほぼ同形のものだ。
靴は、プリエールを踊るのに最も重要な道具だ。衣装や魔力を高めるための装身具も人によっては大切な要素ではあるが、魔力で加工された靴は何よりも必須となる。ほとんどの生徒が、新品の予備を持ち歩いている。
靴の袋を小脇にし、食堂へ向かおうとしたルノは、そこで窓の外に何か光が映るのが見えた。
「ん……?」
日光よりも鮮やかな彩光が、窓ガラス越しにきらめく。ルノの目にはそれは、プリエールを舞った時に発生する、魔法の輝きに酷似して見えた。
稽古場の外は東庭園に面している。生徒や教師は校舎内を通ることがほとんどであり、そもそも、稽古場と舞台以外で、プリエールを踊る生徒など、いないはずだった。
ルノは怪訝に思いながら、窓から外を見た。
「————……!」
そこから見えた光景に、ルノは大きく息を呑んだ。