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第七幕(6)


「そんな、祓う……って」


 エリーが言いよどみ、他の三人も絶句した。その間にオーガは座席を破壊しながら舞台へ近づいていた。


「|火精たち(デュ・ドゥ・フー)円舞せよ(ロンド)


 ステラは香炉を手に取ると、ゆっくりと揺らす。風を受けて、中に灯っていた火が力を得たように赤くなる。清浄な香煙が尾を引いた。


 ステラはさっきの跳躍の激しさとは異なり、第二幕の振付通り、静かな歩様(ステップ)で踊り始めた。音楽はない。だがステラの頭の中には静謐な笛の音が響いていた。


「ガ、アァア、ア…」


 オーガはもう、いつでも腕を振り上げ、ステラを潰すことができる距離にいた。だがステラが円舞する位置には近づけず、香炉からの煙が届けば呻き声を上げて後ずさった。


 ステラは踊りながら、唱える。祈祷(プリエール)の詠唱ではなく、言葉を。


「貴神への、偉大な森への、祈りを欠いたことをどうぞ御赦しください。怒りを鎮め、恵み多き姿へお(もど)り下さい」


 囁くように言葉を紡ぎ、ステラは舞台の上をくるり、くるりと回っていく。

 その舞踏を前に、オーガの怒気は少しずつ薄れていくようだった。よろめくように、ゆっくり後ろへにじり下がった。


 だがその時、逃げようとしていた観客の一人が、離れた場所から叫び声を上げた。


「化け物めが!」


 一瞬、静まっていたオーガだったが、その声にまるで礫をぶつけられたように怒りを露わにし、咆哮した。


「…っ」


 冷静に舞っていたステラの表情に、わずかに焦りが浮かぶ。もう一度、炎を放つ舞踏をするべきか逡巡した――その時。


 ステラの前へ、白紗を纏った影が飛び出した。翻った布の下に見えるのは、夜霧の濃紺。


「ルノ」


 第二幕の振付を踊り始めたルノを見て、ステラは息を呑む。


 同じく香炉を片手に、ルノは物言わず踊り始める。演目通りの正確な振付だ。派手な魔法が生み出されたわけではない。だが二人に増えた途端、オーガはまた振り上げた腕を舞台からは離した。唸り声を上げ、足元の客席を払いのける。


「……一緒に、踊ってくれるの?」


 踊りながら、ステラは驚いたままルノへ目線をやった。落ち着き払って見えたその横顔だったが、間近にすれば目元は強張り、頬に汗が流れていた。


「魔物を、舞踏(プリエール)で祓ったことなんてない……けど」


 ルノはステラの方を見つめ、小さく呟いた。


「お前を信じる」


 香炉が揺れる。そこに、もう一筋、煙が加わった。


「私も踊るわ」


 ステラの隣へ、ディアナがゆっくりとした振付とともに並ぶ。ルノと同じように、顔色は緊張に青ざめているが、表情は決然としていた。


 足音と香炉についた小さなベル、そしてステラが口ずさむ祈りの言葉だけだったところへ、第二幕の曲が流れ出した。高く、よく通る横笛の音。


「はは、さすがに主旋律くらい欲しいんじゃない?」


 曲の合間にそう呟いたのは、演奏者の残していった横笛を手にした、ミーシャだった。笑い交じりのセリフを呟いた後、また曲を奏で始める。足音のリズムだけだった舞台に、音楽が戻って来る。

 それこそ神話の中の妖精のように、笛を吹きながらミーシャが三人の輪に加わる。


「ディアナ……ミーシャ」


 振り返ってステラは、二人の参加にも驚きと、嬉しさの表情を浮かべる。三人が揺らす香炉の煙と、一人が吹き鳴らす高い笛の音色が舞台に結界を張り、火に照られた四つの影がプリエールを舞って旋回する。


「……」


 エリーは四人が舞台に立っているのを、倒れた幕の横から見ていた。

 普段、自分たちへ賞賛を送る観客が座る場所には、今は荒ぶる魔物が立ち上がっていた。森の闇の中、篝火の炎を受けて、人ならざる存在は根源的な恐怖を招く。エリーは舞踏靴を履いた自分の足が、震えていることに気がついた。


(今まで、どんな舞台でだって……)


 エリーは自分の心の奥に、混乱と悔しさが湧くのを感じた。


(踊ることが怖いと思ったことはないのに)




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