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第六幕(8)


「ねぇ踊ろうよ!」


 ずっとうずうずしていたステラは、もう待ちきれないとばかり、ダンスルームの飴色の床に飛び出した。エリーとディアナの手を取ると、爪先立ちで跳ねる。


「あっ、ちょっと!」

「待って、靴がないわ」

「なくても大丈夫だよ!」


 ほら、とステラは跳ね上がった。ステップを踏み、楽しげに身を翻すが、エリーにもディアナにも、何を踊っているのかわからなかった。


「ちょっと、これ何の振付よ」

「なんでもないよ。楽しいから踊るだけ!」


 てっきり『妖精たちの祝祭』をやるのかと思ったエリーは、踊り出してすぐ拍子抜けした。確かにステラは今すぐ踊りたいとは言ったが、内容に言及はしなかった。


「んじゃ、なんかノれる曲、弾いてあげるよ」


 ミーシャは棚に飾ってあるヴァイオリンを取り出すと、一音を奏でた。ト長調の音色で即興曲を演奏する。明るく踊りやすい音楽に、ミーシャ自身も身を揺らす。


「ルノも踊って!」


 入り口の近くで眺めているだけだったルノを、ステラが引き寄せた。華奢な小さな手が、ルノの指の長い手を掴む。


「っ、いや」


 まろびそうになりながら前へ出たものの、ルノはどう体を動かしていいか困惑する。目配せすると、エリーも同じ表情だった。

 プリエールの授業は、初等部では即興の課題もあったが、中等部からは振付は練習まで厳格に決められている。突然、自分で好きに踊れと言われてもうまく体が動かせなかった。


 対してステラは、生き生きと身を躍らせる。

 舞踏ではなく、躍動に近いのかもしれない。


 体系づけられた舞踏(プリエール)ではなく、もっと原始的な魔法を伝えるための体動。人が、神々と交流するために編み出した言語で——それはつまり、祈りの根源だ。


 ルノはそんな心地で、ステラの高い跳躍を見ていたが、当の本人は空中で「ほっ!」「や!」と奇妙な決めポーズを始めた。合わせて踊ろうとしていたディアナが、まず吹き出した。


「あはは、だめ。何今の動き」

「もう、即興にしたってめちゃくちゃ過ぎでしょ」


 ステラと一緒に踊っていたディアナは、鏡に映る自分たちの姿に踊りながら笑って身をよじった。笑うまいと堪えていたエリーも思わず吹き出してしまう。


「ちょっと休憩させて」


 ディアナとエリーは息を弾ませて壁際へ下がる。ステラの踊りに合わせようとすると、突然難易度の高い跳躍(ジュテ)を連続で繰り返すことになってしまう。


「ねぇエリー、最初にプリエールの舞台を見た時のこと、覚えてる?」


 ステラが、残ったルノとミーシャとともに踊るのを、エリーとディアナは壁にもたれて眺めた。エリーは汗を拭って頷く。


「一緒に見たわよね」


 物心つく前にも親に連れてこられているのかもしれないが、きちんと席を取ってあの聖堂で観客の一人として見たのは、四歳の時だった。まだリュミエール座初等部の入学前だったが、家で個別にレッスンを始めており、二人とも早く学校で学びたくてたまらなかった。


 ふふっと小さく笑って、ディアナはエリーの方を見た。


「あの時、エリーも同じこと言ってたわよ」

「?」


 何のことかわからず、エリーは不思議そうな顔をする。ディアナはつややかな横目で見て、柔らかく微笑んだ。


「今すぐ踊りたいって」


 言われてエリーは、その時の記憶が蘇った。

 たくさんのダンサーが作るきらびやかな舞台を見終わり、幼いエリーは聖堂のあの席で歓喜していた。

『今すぐ踊りたい!』

 一緒に身に来た——その頃はまだ男の子の装いをさせられていたディアナに、頬を上気させてそう告げた。

 ディアナは懐かしそうに目を細める。


「それから、当たり前のようにみんなで踊ってきたでしょ。四人組(キャトル)を基本に、群舞(コールド)も、二人舞(パ・ド・ドゥ)も、たくさん」


 ディアナは踊っているステラを眺める。

 楽しそうに、ただ全身から歓びを溢れさせてルノとミーシャの周りを踊る謎めいた少女を。


「でもステラはきっと……一緒に習ってきた子はいなかったんでしょうね」

「…………」


 エリーはその境遇を想像しようとしたが、できなかった。




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