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第一幕(3)


 リュミエール座中央宮の精緻なファサードから一歩中へ入れば、そこは絢爛な大階段が二階、三階へと続いている。


 中央宮の左右には回廊が続き、東棟と西棟によっていくつもの教室や稽古場が連なっていた。それ以外にも敷地内には、男女の寮や大聖堂、医療院など、多くの施設が立ち並んでいる。


 小高くなった丘の上、城壁に囲まれて立ち並ぶ歴史ある学び舎は、さながら由緒ある居城のようでもあった。


「……アン、ドゥ、そこでターン」


 東棟一階にある高等部の稽古場には、今、リズミカルなピアノの音色が響き、それに合わせて軽やかな靴音が鳴っていた。


「いいですよ、指先まで柔らかく~!」


 女性教師は、稽古場の中央で踊る男女へ声をかける。

 少女が弧を描いて回ると、結った金の髪が閃き、窓からの日差しを弾いて燦然と輝いた。舞踏用の制服に通された長い手足から生み出される動きは、どんな振付も華麗な印象へ変える。


「はぁ……本当に美しいわ」

「エリアンヌ様のあの完璧なアラベスク!」

「華やかよねぇ」


 壁に取り付けられた稽古用の横木にもたれかかって、同じ制服姿の少女たちがうっとりと囁き交わす。

 エリアンヌ・ラヴェルは、自分への賞賛を耳にしながら、模範演技を堂々とこなしていく。


(これくらい、できて当然よ)


 エリアンヌは右足を高く上げると、左の軸足だけで爪先立った。親指を曲げた立ち上がり方ではない。足の裏は完全に、床から離れている。


 爪先に加工の施された舞踏靴ショスールは、魔法と踊りの力を高めた者が履くことで、人間の体では本来できない体勢を可能にする。

 より天上へ近づく——神への憧憬を表すこの爪先立ちは、祈りの舞の代名詞とも呼べる、不可欠な立ち姿だ。


 片足の尖端だけで立っているエリアンヌに、寄り添うように手が差し伸ばされる。

 エリアンヌとパ・ド・ドゥ――二人舞を踊っているのは、夜闇のような漆黒の髪をした少年だ。


 ルノ・セレヌス・ヴェルネは名門ヴェルネ家の子息であり、気品ある顔立ちや抜群に整った体躯は、古くからプリエールを舞ってきた由緒ある家柄を証明している。


 容姿以上に、その、類稀なる才覚も。

 ルノが高さのある跳躍(ジュテ)を難なくこなすと、囲む生徒たちからは感嘆の囁きが漏れた。


「今季もやっぱり、ルノ様とペアを組めるのはエリアンヌ様しかいないわね」

「当然よ。学園のツートップだもの」

「ルノ様の王子役、今年もたくさん見たいわ~」


 美男美女の舞踏を前に、生徒たちは誰もが惚れ惚れとした表情を浮かべていた。


 踊り終えて、今の足の位置を確認していたエリアンヌは、ルノの方を振り返った。


「ルノ、今のステップ、少し遅かった?」


 ここのとこ、とエリアンヌは音楽を口ずさみながら、足を動かしていく。金の装飾が施されたショスールが、持ち主の動きに合わせて床を打つ。


「いや、問題ない」


 動きを見ていたルノは、エリアンヌへ返答した。


「そう? なら良かった」


 エリアンヌは乱れた髪を直しながら、ちらりとルノの方を見て、呟いた。


「今季も、一緒に踊れるといいわね」

「ああ、そうだな」


 ルノは、幼い頃からペアを組むことの多かった少女へ頷き返した。それから、稽古場の一隅に置かれた水差しとグラスの元へ向かう。

 その背を見ていたエリアンヌに、生徒の一人が声をかけられた。


「エリー」


 彼女を愛称で呼ぶ人間は限られる。

 振り返った場所に立っていたのは、一見、ルノより上背のある“女生徒”だ。


「ディアナ! ねぇ今の踊り、どうだった?」


 ディアナと呼ばれた生徒は、エリーが着ている女子の制服と同じものを身につけているが、少し注意を払って観察すれば、その骨格や声は男性だとわかる。


「良かったわよ」


 ディアナは、ふふっと口元に手をやって微笑み、肩で切り揃えられた青銀(ブルーグレー)の髪を揺らした。


「授業が始まるのは明日からなのに、ずいぶん気合入ってるわね」


 差し出されたタオルを受け取り、エリーは昔から誰よりもしとやかな幼馴染に答える。


「当然でしょ。今季の授業が始まるってことは、組分け試験があるんだから」


 腰に手をやったエリーを見ながら、ディアナは囁く。


「あなたなら、今季も『セラフ』か『ケルヴ』には選ばれるでしょ?」


 リュミエール座の階級もまた、この組分け試験の時に決定される。

 上位三位の踊り手たちを『セラフ』、『ケルヴ』、『ソロネ』と呼び、以降のダンサーは中位を『エクシア』、下位を『アンジェ』と呼ぶ。

 この階級によって踊る組が分けられ、一年ともに舞台に立つ四人組が決まる。


 エリーはタオルをばさりと払うと、決然と友人を振り仰いだ。


「だからって私、全力で練習しないのは嫌なの」


 いついかなる時も勝気な友の物言いを聞いて、ディアナは今度は声を漏らして笑った。



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