第四幕(7)
ある程度の偏見は覚悟して来ていたが、工房の反応は芳しくなかった。ルノもディアナも、靴を作ってもらえるのはリュミエール座に所属するプリエールダンサーならば当然の権利だと思っていたが、そう簡単ではなかったようだ。
中からは職人たちの喧々囂々としたやりとりが、漏れ聞こえてきていた。
「冗談じゃない。ショスールを、貴族以外に作れと……?」
「私は断ります。サボエリは歴史ある工房なんですよ」
腕のいい職人が集まっている分、長年トップダンサーの靴を手掛けてきたプライドが彼らにはある。確かにその技術は安く売っていいものではないが、ルノはもどかしさに眉を寄せた。
(見れば……わからせ、られるのに)
昨日のあの組分け試験の舞台。あれを見れば、ここにいる職人も考えを改めざるを得ない。だが今、ここに立っているのは、とても神がかったプリエールを舞った踊り手にはとても見えない。ただの、小さな平民の少女だ。
「靴、作ってもらえないのかな?」
ステラはきょとんとした顔で、ルノとディアナを見上げる。ディアナは申し訳なさそうに慰めの言葉を口にしかけたが、その前にステラが屈託なく笑った。
「じゃあまたこの靴を履いて踊るよ!」
大丈夫、とステラは逆に不安そうな顔をしている二人を励ますように告げた。
靴を作ってもらえるなんて、自分には分不相応なことだとステラは思っていたし、今日作ってもらえなくても頼み続ければ、いつかは作ってもらえるかもしれない、とそう思えた。
ステラにとっては、何もかもがそうだった。
プリエールを踊ることも。
村を旅立ち、リュミエール座に来ることも。
平民の出自である自分には、叶うはずのないことだった。
(でも叶った)
一歩でも前に、一回でも多く、舞い続けていれば、無理だと決められている現実も変えることができる。それをやり遂げるか、途中でやめるか、それだけだ。
(だから、みんなで踊るのも、いつか……)
ステラは今日の稽古場でのやりとりを思い出し、胸の中でそっと決意をあらたにする。
「お嬢さん」
その時、棚の横に作られた倉庫から、しゃがれた声が聞こえてきた。三人が視線を向けた先には、一人の老人が立っていた。
「その靴を、私に見せていただけませんか」