第四幕(4)
「だーかーらー……」
何度目かわからない叱声を上げて、エリーは稽古場の鏡を指さした。
「跳躍が揃ってないのよ! ちゃんと鏡見なさいよ!」
エリー、ディアナ、そしてステラと並んで、基礎的な振付をこなした後、跳躍技を中心としたグラン・ワルツに移っていた。が、本来一時間半程度で終わる基礎練は、やり直しを繰り返し、二時間を越えていた。
「うん、わかった。鏡があること忘れないようにする」
ステラは真剣な顔で、大きく頷いた。
「こんっな、おーっきなものが目の前にあって、なんで忘れられるのよ……!」
その両頬を引っ張りたい気持ちをこらえ、エリーはステラの顔の前で指先に力をこめる。
「……はは、これ揃えれてないっていうかさー」
バーに寄りかかって休憩していたミーシャは、隣に立つルノへ一瞥を向ける。
同じく女性パートの振付練習をしている三人を見ていたルノは、幼馴染が言おうとした続きを汲んだ。
「ステラの跳躍が高すぎるんだろうな」
「身長の比率で考えたら、ルノより跳んでね?」
体格や筋力が違うので、ただ踏み切って跳び上がる高さや滞空時間は、当然ルノの方が高い。だがステラは、その小柄な身長からはありえないほど、軽々と宙へ跳び上がる。身長の高いエリーやディアナを、越えてしまうほど。
「回転もそうだ。他より速いからずれて見える」
観察していたルノは、淡々と告げる。
「俺たちが、ステラのレベルについていけてないだけだ」
「は、はは……それ意味わかって言ってる? リュミエール座高等部のトップダンサーが雁首揃えてんだよ?」
ミーシャは眉を持ち上げて、今期の『セラフ』——最上位ダンサーを見やる。
冷静な横顔でルノは、呟いた。
「ステラの舞踏は、稽古じゃない……常に、本番なんだ」
ルノは、組分け試験の前の会話を思い出す。
『これは何の神様に祈ってるの?』
プリエールは、神々に捧ぐ祈りの舞だ。だがその意味を、真に理解——実感している生徒が、ここに一体何人いるだろうか。
確かにリュミエール座の光ある者たちは、式典で舞い、儀式で舞い、祭事で舞う。だが舞踏も発生させる魔力も形式的なものへ変わり、現実に影響を及ぼす力は求められなくなっていた。
例えば、春を祝い朽木に花を咲かせたり。翼もなく空中を駆け下りたり。
『セラフ』に選ばれたルノでさえ、習ってはいても、どこまでその力を発動させられるかわからない。
「はぁ……どーすんだよ。このままじゃ初っ端から初の五人チーム、失敗じゃない?」
ミーシャは再び、跳躍をやり直している三人を眺めて、明るい色の髪を掻く。
「エリーもわかってる分、きっついだろうな……」
誰よりも自分に厳しい課題を与え、研鑽してきた少女だ。プリエールの技術を見る目が養われていないわけがない。
自分の舞踏と、ステラの舞踏を引き比べ、どちらが優れているか。
揃っている、揃っていない、だけで言えば、確かにステラの舞踏は目も当てられないほどお粗末だ。上手いダンサーは、たとえ自分の方が技術が上だったとしても、周囲の動きに合わせることはできる。
だがそれが、致命的に下手なのだ。
「…………」
ルノはただ一人で、舞台に立っているかのように舞うステラの姿を、じっと見つめた。




