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第三幕(5)


「それがどこかでなくしちゃったみたいで」


 そばに置いた自分の鞄を一瞥し、ステラは困ったように眉を下げる。


(さっきのあれか……)


 ルノは、ステラの荷物のそばから、足早に立ち去った数人の生徒を思い出す。


「もう時間がない。審査員に伝えて、時間をずらしてもらえ」

「え? 時間ないの?」


 大変! とまだ呼ばれてないうちに舞台へ飛び出していこうとするステラの襟首を、ルノは慌てて掴む。


「靴を探している時間ってことだ」

「ああ、なんだ。大丈夫、これが終わってから探すよ」

「いやだから……!」


 普段冷静な口調を崩さないルノだったが、思わず声が大きくなった。


「踊るのにショスールがいるだろう」


 魔力を込め、爪先立ちできるように加工された舞踏靴なしで、課題の振付は踊れない。百歩譲って男子のパートならいけたとしても、女子の踊りでは不可能だ。


 人間は、片足の親指の尖端だけで立てるようにはできていない。


 舞踏靴なしで、プリエールは決して踊れないのだ。


 ステラはきょとんとした顔でルノを見た後、言った。


「なくても大丈夫だよ?」


 言いながら、ステラはブーツの紐を解く。ブーツを脱ぎながら、こともなげに話す。


「今までも、なしで踊ったことけっこうあるし」

「は……?」


 ステラは両脚から靴も靴下も脱ぐと、素足になった。


「うん、よし」


 呆然とするルノの前で、ステラは軽く爪先で跳ねる。ドレープのたっぷりと作られた制服のスカートが、ふわりと揺らめいた。


「行ってくるね!」




 審査員席では、生徒たちの情報がしたためられた用紙をめくり、カレンが渋面で呟いていた。


「次の子が……そうですね」

「ラクロワ総裁の話していた、“秘蔵っ子”というやつですか……」


 しかし、とフィリップもまた苦渋の滲んだ声音で続け、隣に座る眼光の鋭い男を見た。


「総裁は一体、何を考えておられるんでしょうな」


 現社交界、最も権力を持つ貴族ヴェルネ家の主人でもあるルードは、口ひげをしごいて低い声を発する。


「貴族以外が、プリエールを踊ることなど、そもそも許されんことだ」


 教師二人はその有無を言わせない語調に、口を挟むことはできない。

 審査員席は重苦しい沈黙へ変わり、対して客席は異様なざわめきに包まれていた。


 組分け試験の時、観客席は学内の生徒だけに開放されているが、今その席には大勢の生徒が座っていた。多くはエリーの舞踏を見ようと集まって来ていた生徒たちだが、みんなこの後に誰が踊るか知っているので、席を立たないでいた。


「本当に平民がプリエールを踊るのか?」

「真似事だけでしょ?」


 漂う空気は、生徒のプリエールを鑑賞しようというものではなく、一体どれほど無様な舞踏が披露されるかという暗い期待だった。その中には、先ほど稽古場にいた女子たちの姿もあった。


「……どうするつもりかしら」

「代わりの舞踏靴、リュミエールのダンサーなら普通なら持ってるでしょ」


 くすくすと少女たちはせせら笑いながら、次の生徒が出てくるはずの舞台を眺めていた。



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