09. 桜とのバトル
「私と……付き合ってくれない?」
「………………はい?」ありえない言葉を聞いた気がする。
「私と付き合ってくれない? ……もう。恥ずかしいから何度も言わせないでよ……」
真っ赤になった頬を膨らませてボソボソと彼女はつぶやいた。
その言葉の意味を少しずつ理解していくたびに、頬が熱くなっていくのを感じる。
「と、突然ですね……」
「そ、それで?ど、どうなの?」
答えはもうすでに決まっていた。
「よ、よろしくお願いします……」
そう言うと彼女は、とびきりに甘い笑顔を浮かべた。
「そ、それじゃあ、よろしくね優樹君……」「う、うん。よろしく……」
恥ずかしさのあまり、お互いに視線をそらしてしまう。そして顔をあげた時、ちょうど月乃矢さんも顔をあげて視線が交わり、また視線をそらしてしまう。これを何度繰り返しただろうか。ふいに、月乃矢さんがこう言った。
「ね、ねえ。こ、恋仲になったわけだし、な名前で呼ばない?」
「い、いいよ」
「そ、それじゃあ私のことは桜って呼んで。私はゆ、優樹って呼ぶから」
「さ、桜……」
「ゆ、優樹……」
恥ずかしいけれどなんだか……幸せだな……
「れ、練習しようか……」
「そ、そうだね……」
色々話し合った結果、バトルをしながら武器の使い方を学んでいくことになった。
バトルの申請やルール設定はデバイスで行う。
勝利条件は相手のギブアップか戦闘継続不可にすること。熱中し過ぎて授業に遅れるのは困るので朝の六時に強制終了するように設定しておいた。
そして宙にカウントダウンが浮かんだ。そしてカウントダウンがゼロになり、バトルが始まった。
とりあえず木刀を創って、横薙ぎに振るう。桜も慌てて木剣で防いだ。
木刀と木剣がぶつかり合い、そして弾き合った。その時、手を滑らせ木刀を落としてしまった。
「隙あり!」
桜は飛び上がり剣を振り下ろした。
慌てて転がって避けると、剣が空振ったことによって桜の体勢が崩れた。その隙に距離を取り、木刀を作る。そして呼吸を整え、もう一度桜に向けて木刀を振るった。桜も木剣を振るった。
それから三時間が経った。適性のおかげか、短時間で結構うまくなったと思う。
武器を落とすこともなくなり、絶えず刃がぶつかり合う音が鳴り響く。
「はぁっ!」刀を振りかぶり、振り抜く。それを桜は一本の剣で受け流し、もう一本で僕を狙う。それを紙一重でかわし、バックステップで距離をとる。
そんな状態が四時間続いた。僕は決着をつけるための技を発動した。
空中に大量の剣を創り、桜に向けて打ち放った。
「『空中加速』」
桜は技名のようなものをつぶやいて駆けだした。一歩目を踏み出した瞬間、桜の姿が掻き消え、土埃が舞い上がる。恐らくさっきのは魔法で、それによって加速しているんだろう。
僕の放った剣は桜に当たることなく次々と地面に突き刺さった。
「『火炎』!」
桜がそう唱えると手のひらに火球が出現した。それを僕に向かって投げつけてきた。
それを刀で斬って近づき、刀を振るった。重い一撃。だが割り込んだ剣が衝撃を和らげた。桜は大きく吹き飛ばされた。だがそれだけだ。距離を取られた上にすぐに魔法が放たれる。その繰り返しだ。
ある時僕は思った。二刀流と一刀流、この二つを使い分ければ、臨機応変に戦えるのではないかと。
桜が距離をとった隙を狙い、もう一本の刀を創った。桜は一瞬目を丸くしていたが、すぐに魔法を放ってきた。
「『爆炎』ッ!」
その炎は今までの炎を凝縮したような強い輝きを放っている。体に負担がかかる魔法なのか、桜が膝を突いた。
多分この魔法には、桜の全魔力とこの時間の中で一番強固なイメージをつぎ込まれている。そう。
この夜最後で、最強の魔法。
「君がその気なら――」僕は叫ぶ。
「――僕もこの時間、最後で最強の技で迎え撃つ!」
剣の一本を地面に突き刺し、残った一本を両手で握る。
この技には滅びの力は込めない。代わりに僕の想いを込める。
「はあぁぁぁっ!」
僕の全身全霊をもって刀を振るう。
ぶつかり合い、拮抗し、そして僕の刀が振り抜かれ、弾けた。
爆発した魔法によって吹き飛ばされ、僕の体が壁に叩きつけられた。
僕の負けか……そう思って顔をあげると、桜はまるで吹き飛ばされたかのように壁にもたれかかっていた。
(どういうことだ。魔法の爆発に巻き込まれたのか? いや、それはない。魔法の爆発地点から結構な距離があったはずだ)
考えていたその時、VR対戦ゲームでありそうなアラーム音が鳴った。
「終わっちゃったか……」桜は悲しそうな、満足したような、そんな表情を浮かべて呟いた。
「それで、なんで桜は吹き飛ばされてたの? 魔法の爆発ではないでしょ」
「うん。伝わってきた衝撃から発生源はだいたい推測できた。けど不思議なんだよね……」
「何が?」
「爆発は体全面に衝撃が来るはずなの。けれど実際はお腹あたりだけに衝撃が来たの」お腹をさすりながら桜は言った。
「そうだ。これ見て」
桜は端末を取り出し、とってあった動画を見せた。カメラか何かで撮影していたのだろう。
その動画には爆発によって吹き飛ばされる僕と、数瞬後、体をくの字にして吹き飛んでいった桜が映っていた。
「まるで棒のようなものでなにかでお腹当たりを殴られたような感じ……」
そこでハッと気がついた。
「僕の刀」
「そうだと思う。ただなぜ衝撃波が飛んできたのか、どうやって飛ばしたのかが分からないんだよね……」
うぅん……としばらくうなっていると、
「分かったかも!」と桜が叫んだ。
「優樹の刀が空気をものすごい勢いで押し出したんだ。そうすれば衝撃波が飛ぶ。ほらここの部分。空気が歪んで見えるでしょ。よく見るとその歪みは優樹の剣から私がいる方向に向かって移動している」
「確かに。それならできそうだ……」
その時鐘が鳴った。この学校は決まった時間になると鐘が鳴るのだ。今のは六時半の鐘だ。
「早く戻らないと。授業があるし」
「それじゃあ教室でまた」
そして桜は歩き出し、途中で振り返った。
「お付き合い、忘れないでよね」
「忘れられるわけないさ」
そうつぶやき、ゆっくりと歩き出した。