02. 力の発現
「迎えに来た。世界を救う勇者よ」
「……はい?」
少女は無表情で何も答えないまま僕を引きずって歩き出した。
突然のことに何もできずそのまま引きずられていった。
彼女は沈黙を貫き通している。この感じでは質問に答えてはくれなさそうだから一旦状況整理をしよう。目をつぶり整理し始めた。
まず怪物に襲われ、僕を引きずっている少女に助けられた。そして今引きずられてどこかへ連れて行かれている。こんな感じか?
……この人誰だ?
彼女のことを僕は知らない。
僕のことを助けてくれたから不審者ではないとは思うが、もし不審者でないとして、僕をどこに連れて行くつもりなんだ?
その時気付いた。引きずられる感覚がなくなっていることに。しかも地面についている感覚がない。
目を開けた時、目の前に広がっていたのは果てしなく広がる青空。僕の足は空を切るばかりだった。僕は空中に浮いていたのだ。
少女を見てみると、彼女は自然に空中を歩いていた。まるで空を歩くことが当たり前かのようだ。いろいろとおかしいことばかりだ。
どのくらい進んだのだろう。突然彼女は足を止め、コンコンと空中をノックした。すると光の粒が集まり何かを形作っていく。
そしてできたのは木製の扉だった。
彼女はその扉の向こうへ進み……の前に僕を放り投げた。
何とか体勢を立て直して着地した……と思ったが勢い余ってすっ転んでしまった。
彼女は何事もなかったのように僕の横を通り過ぎ、思い出したように振り返って「ついてきて」と一言言って再び歩き出した。
一瞬呆気に取られたが、すぐに彼女を追って走り出した。
彼女は学長室とプレートが掛かった部屋の前で立ち止まった。
というかここはどこだろうか。学長、ということは学校のような施設だとは思うが……
彼女はコンコンと扉をノックした。「どうぞ」という声が部屋から聞こえた。
中に入ると、そこにいたのは眼鏡をかけた四十代くらいの男性だった。なんだか優しい雰囲気のする人だった。
「よく来たね、空成優樹君。君には説明しなければならないことがあるんだ。ひとまず座ってくれ」
「はい」
そういえばなんで僕の名前を知っているんだ? 後で聞いてみるか。
「私は高木光秀だ。よろしく」
「空成優樹です。こちらこそよろしくお願いします」名前を名乗る必要はないかもしれないが一応名乗っておく。
「さて、君を襲ったあの怪物、日本だけでなく、世界各地に出現している。私たちは彼らを畏怖を込めて『侵略者』と呼んでいる。彼らを倒そうと世界各国は兵器を投入したんだが、どの国も傷を一つも負わせられなかったんだ」
「どうしてですか」
「とある調査の結果、彼らは別世界からきていることが分かった。その事が大きく関係している」
「つまり?」
「こちらの世界の攻撃は効かないんだ。例えばこの世界をA、彼らの世界をBとしたとき、Aの攻撃はBには効かない。ただなぜかBの攻撃はAに効くんだ」
彼らは無敵状態で、こっちは無敵状態じゃない。それって……
「滅茶苦茶不利じゃないですか、僕たち」
「ああ。ただ僕たちにも対抗策はあった。つい最近、古い文献からその世界との交流があったことが分かった。なぜ交流が途絶えたのかはわからないが、交流の途中であちらの世界の力を得ていたらしい。その力は体の中で眠っていて、いつか必要とされるときに呼び起されるのを待っているんだ。つい最近、その力を呼び起こす準備が整ったんだ。それと力は、高校生が一番呼び起こしやすく、扱いやすくなる時期らしい。だからこうして高校生を集めているんだ」
高校生を集めている?それって……
「僕以外にも集められているんですね」
「うん。もう力が目覚めた子もいるよ。人によってどんな力が目覚めるのかわからないんだけどね。さて、君の能力を目覚めさせようと思うけどなにか聞きたいことはあるかな」
「あの少女は誰なんですか。」
「彼女は月乃矢桜。君とこれから行動を共にするパトーナーだ。また後で説明するよ」
そして高木さんは歩き出した。
僕が入ったのは、何もないと錯覚するような暗闇に包まれた部屋だった。高木さんは観測室に入るらしい。
「この部屋は力を景色として表せる。これでどんな力なのかを見極めるんだ」
高木さんがそう言った時、景色が変わり始めた。
漆黒の空に純白の星々が輝く、幻想的な景色だった。
思わず息を吞んでいると、彼の唸り声が聞こえた。
「どうしたんですか」
「この景色は見たことがないが、多分、滅びと創造の力だろう。まさか相反する二つの力、さらに最も扱いにくい力……これは大変だ」と独り言をつぶやくかのように言った。いや、本当に独り言だったのだろう。
「どういうことですか」と聞くと、彼はハッとわれに返って説明を始めた。
「君の力は多分、滅びと創造の力だろう。普通は一つだけなんだがな……それは置いておいてだ。滅びの力と創造の力、この二つは数ある力の中で一番扱いにくい力なんだ。しかも相反する力はさらに扱いにくくなる。これによって扱いにくい力がさらに扱いにくくなったんだ。恐らく力を使うと体へ大きな負担がかかると考えられる」
「力が暴走することはあるんですか」
「ない。これは断言できる。ただ力が暴走しない代わりに体への負担が大きくなっている」その答えに僕はほっとした。これで周りを巻き込んでしまうことは少なくなりそうだ。
そして一番気になっていたことを訪ねた。「どうやってその力を使うんですか」
「使い方はイ……」
彼が答えている途中でガタンッとハンマーで殴られたように地面が揺れた。
「何だ……?」
「まさか奴らが現れたのか……? 行くぞ優樹君!」そう言うなり彼は駆けだした。
彼を追って僕も走り出した。