15. 桜の昔話
私が中学三年の時、奴はやってきた。海からやってきた、タコのような見た目をした奴は、陸に上がって虐殺を始めた。
手当たり次第に家を壊し、中にいる人たちを触手で掴み取り、捕食していった。
そして奴は、私のいる学校にまでやってきた。
触手が壁を突き破って来て、教室をぐちゃぐちゃにしていく。荒ぶるクラスメイトたちが次々に押し潰され、大量の血が床を赤く染めた。
クラスメイトの半分が押し潰され、もう半分はパニックになりながらも教室を出ていった。残っているのは私だけだった。逃げようにも足が動いてくれない。
触手が私の体を掴み、持ち上げていく。目の前には怪物の顔が見える。その目はまるで餌を飢えた獣のようだった。
(もう、ここで……)そう思ったときだった。
突如閃光が走った。怪物の触手がちぎれ、私もともに宙を舞った。
私を空中で受け止めたのは、金髪の青年だった。
「怪我はないか」
「はい。えっと……あなたは……」
「俺は藤宮玲夜だ。今は逃げることが最優先だ。話はそれからにしよう」
怪物から逃げて、なんとか家までついた。
「今からこの街で起きていることについて話す」
「お願いします」
一呼吸置いて、彼、玲夜さんは話し始めた。
「正午、海から怪物が現れた。奴は陸に上がると人間、つまり餌を求めて暴れた。建物は崩壊し、海の近くに住んでいた人は全員が奴に食われた。食べ足りないと思ったのか、陸の奥まで侵攻し、人間を襲っている」
「被害を防ぐためにはどうすれば良いんですか」
「それにはやることが三つある。一つ目は奴を倒すこと。二つ目は出現した原因を探ること。三つ目は原因の除去だ」
「じゃあ今は奴を倒すことが最優先なんですね」
「ああ。そうなる」
「なら今から倒しに行きましょう」
「いや、夜に倒しに行く。それとお前はついてくるな」
「なんでですかっ!」
「お前が死んでしまうかもしれないからだ。絶対についてくるなよ」
そう言って怪物がいる方向へ向かっていった。
(やっぱり私も行く)
数十分後にそう思い、玲夜さんが向かった方向へ走り出した。
だがどこに向かったのか、玲夜さんの姿が見当たらなかった。
そして玲夜さんを見つけられないまま夜になった。
戦闘音が聞こえ始め、だんだん大きくなっていく。
玲夜さんの姿を見つけた。物陰にかくれて戦闘を見る。
今のところ玲夜さんが善戦している。このまま行ったら勝てそうだ。そう思ったことで油断したのか、音を立ててしまった。
怪物の目がギョロリと私を見た。玲夜さんも私に気づいた。
「なんで来たんだっ!」
「だって私……」そう言いかけた時、触手が私に迫った。
「危ない!」玲夜さんが攻撃に割り込んだ。怪物の触手が刃のように玲夜さんの体を裂き、生暖かい鮮血が飛び散った。
玲夜さんが膝をついた。その間にも血は流れ続けている。
「玲夜さん!」
「……君を大切に思ってくれる人を見つけろ」
「玲夜さん?」
「お前にはまだ未来がある」
光の球が玲夜さんの手を離れ、私の体に吸い込まれた。
ドンッと衝撃が走った。玲夜さんが吹き飛ばしたのだと気づいた時にはもう手は届かなくなっていた。
「生きろ」
玲夜さんはそう力強く言って目を閉じた。
その直後、閃光が視界を覆った。響き渡る衝撃と轟音。それが収まったとき、怪物も、玲夜さんも、姿を消していた。
「私が……」
分かる。
「私がぁ……」
あの閃光は玲夜さんの最後の……
「玲夜さんを……」
私が行ってしまったから……
「殺してしまったんだ……」
『君を大切に思ってくれる人を見つけろ』『お前には未来がある』『生きろ』
玲夜さんの言葉が蘇ってくる。
フラフラと私は立ち上がった。
太陽は私の未来を照らしているのだろうか。それとも……
私を、嘲笑っているのか。