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第2話 スーパーファズ・ビッグマフ(3)

 その日の午後。

 あたしとヘルガちゃんは、いつものサボり場である丘に来ていた。


「ハァ……ハァ……」

「どしたの? 息切らして」

「だ、だって……思ったより遠くて……」


 言われてみればヘルガちゃんは汗だくだ。

 酒とタバコで内臓がだいぶやられてた以前の自分と違って、今の自分がかなりの健康優良児であることを忘れていた。


「ごめん! 歩くの早すぎたね」

「だ、大丈夫……ちょっと休めば……たぶん……ゲホッ」


 ……ダメそうだ。前のあたしも運動苦手勢だったからわかるよ。

 ちょっと体力あるだけで強者の余裕を持てる、子供時代特有のやつを感じるあたし。


「とりあえず、ヘルガちゃんは座って休んでて。あたしも自分でちょっと試しに作ってみた魔法があるからさ。有識者目線で見てほしいんだ」

「有識者……う、うん。自信ないけど……」


 あたしはいつも持ち歩いてる大きなカバンを開けて、携帯用の小さいリュートを取り出した。

 魔法使いのカバンは薬やら本やら入れるから大概でかいんだけど、それでもさすがに普通のリュートは入らないから、職人さんに頼んで作ってもらったのだ。親のコネは強い。コネ最高。

 さすがにギターそのものを作ってくれって言っても伝わらなくて断られたけど。一応ギターっぽく弾けるように複弦は外して、チューニングも勝手にいじっている。


「じゃ、ちょっと弾いてみるね」

「わー……かっこいい」


 やおら楽器を構えるあたしに、憧れの視線を向けるヘルガちゃん。

 フフフ、そうだろうそうだろう。


「えーと……シルフよ……震え、大きく、響く……空気の……歪みと、反響……みたいな……」


 得意になったあたしは、自己流のオーバードライブ魔法を唱え始めた。

 オーバードライブってのは波紋◯走じゃなくて、ギターの音をいわゆるエレキっぽい音に歪める基本的なエフェクターの名前。原理は……昔誰かに聞いた気がするけど正直よくわからん! なんか音を潰したりぐしゃっとすればいいんだよ、多分!


「んで……ジュズ・ウェインガズ・ハウジャナ……ヒズ・アンスズ・マナズ……と」


 これは精霊魔法を使う時のお題目みたいなやつだ。こっちの日本語……じゃなくて「共用語」を、精霊に伝わる古語に翻訳してくれるとか。効果は弱くなるけど、その代わりあたしみたいなド素人でも楽に使えて助かる。

 呪文が聞いたのか、リュートの周りを緑の光が包み始めた。


「よーし、響け! あたしのオーバードライブッ!!」


 その瞬間。

 周囲の草を震わせて、ただのでっかいリュートの音がこだました。


「…………」


 耳がキンキンする。

 ヘルガちゃんは、反射的に耳をふさいで無事のようだ。


「えっと……すごい大きい音だね。うん、とっても大きかった」

「無理に褒めなくていいよ……やっぱり全然上手くいかない。だから先生に意見聞きたかったのに……」


 10年以上ロックギターを弾いてて、歪みといえば適当にツマミいじればなんかカッコいい音出る程度の認識しかなかったのが悔やまれる。せめてちょっとでも理論を頭に入れとくんだった。

 アンプならゲイン上げれば歪むんだから、方向性はそんなに間違ってない気もするんだけどなぁ。


「あの、キャスリーンちゃんはどんな音が出したいの? 音を大きくしたいんなら、本当に今のでいいと思うんだけど……何か違う響きを出したいって言ってたよね」

「うーん、説明が難しいんだよね……」


 ロックのない世界で、エレキギターの音をどう伝えればいいのか。


「ポロ~ンがギュワ~ンになるようにしたいの」

「ぎゅわーん……」

「ほら、普通にリュートを弾くと、こういう音でしょ?」


 あたしは適当にぽろぽろと、ジェミマから教わった練習曲をつまびいた。

 わ~、と口を開けて嬉しそうにするヘルガちゃん。

 実際、綺麗な音だ。アコースティックの楽器の音色って、こっちに来るまではそんなにすごく好きってわけじゃなかったけど。改めてじっくり聞くようになってその美しさに気づかせてもらった。

 ……でも、やっぱりこれはあたしの音じゃないんだ。


「これを、もっとこう……汚くしたいんだよね」

「え、ええっ!? 汚くしたいの? こんなに綺麗な音なのに……」

「本当に汚くするわけじゃないんだって! なんかこう……ドブネズミみたいな美しさなんだよ!」

「ドブネズミ……」


 具体的すぎる映像を思い浮かべてしまったのか、かわいそうになるほど顔を歪めて「おえっ」と声が出そうな表情になるヘルガちゃん。

 ……ここはドブネズミがわりと身近な世界だってことを忘れてた。


「忘れて、忘れて! とにかく、もっと荒々しいっていうか……ごげごげ……げぎょーん……みたいな……」

「ごげ……ぎょーん……」


 もはや無になった瞳で虚空を見つめ、無心に言葉を繰り返すヘルガちゃん。ダメだ。ここに存在しない音をどうやって伝えればいいのか……。

 あたしが困っているのを見かねてか、ヘルガちゃんは気を取り直してアドバイスをしてくれた。


「……えっと、キャスリーンちゃん。とにかくイメージを色々言ってみて。私、それをシルフになんとか伝えてみるから……音の魔法なら、失敗してもきっと被害とかは出ないと思うし」

「イメージ……イメージだね。うん、わかった」


 子供に冷静に落ち着かされて、少々情けない気持ちになりつつも。あたしは必死に頭の中のイメージを言葉に置き換えようと試みた。

 思い出せ、あのギターの音を。

 初めてアンプに繋いで、借り物のエフェクターを踏んだ瞬間の震えを。


「……武器」

「武器? 剣とか、槍とか?」

「うん。ああいう刃物ってさ、鉄とかを叩いて鍛えたり、磨いて鋭くするでしょ。そんな感じで、音を鋭く強くするのかも……!」


 そうだ。かき鳴らした瞬間響いたのは、切り開く力。

 クソみたいな世界を壊して、止まった空気をぶち壊して、どこまでも届く刃。

 ちょっと厨二病っぽいけど……まあ、いいじゃん異世界だし!


 そんな感じで一人で盛り上がっていたあたしは、ヘルガちゃんがうつむいてぶつぶつ呟いているのに気づいてハッと正気に返る。


「あ、ごめん。たとえが物騒すぎたかな」

「……ううん、そうじゃないの。面白そうだなって思って、やり方を考えてて……キャスリーンちゃんのやりたいこと、やっとわかってきた気がする。音楽の武器……誰も傷つけない剣。そういうの……わたし、好きかもしれない」


 ヘルガちゃん、優しい子だ。やっぱロックはラブ&ピースよ。

 まあ、鼓膜はけっこう傷つけたりするけどね……。

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