第2話 スーパーファズ・ビッグマフ(2)
そして、休み時間。
「えっと……ハリエット先生の言った通りだよ。シルフには確かに音の響きを変える力があるけど、そのためには複雑な情報を伝えなくちゃならないの。だから、生まれつき相性のいいエルフたちならまだしも、人間の身で彼らに細かい指示を伝えるにはかなり繊細な呪文詠唱が必要で……」
「……めっちゃ喋るね」
思わずぼそっと言うと、ヘルガちゃんはハッと口を押さえた。
「え、あ、ごめんなさい! つい……喋りすぎちゃって」
「ううん、全然いいよ。真面目に答えてくれてありがと。でも、そっか……やっぱ難しいんだ」
――そろそろ、あたしが何をしようとしてるかを説明しよう。
この世界でロックをやろうと思ったら、まず足りないのは楽器だ。
具体的には、エレキの音。アンプを通したあの音。耳をつんざいて、腹の底に響いてくる音。あれがないとロックじゃない……とまでは言わないけど、やっぱりギャンギャン鳴らしたい!
ずっとあきらめてた。というか、発想さえなかった。ギターアンプから響いてくるあの音を、この世界でまた聴ける日が来るなんてこと。
だけど、手段が見つかっちゃったからにはあきらめられない。
アリアの声にもきっと合うはずなんだ。あの子の声の強さに負けない音が作れる。
……というか、あたしの腕じゃ釣り合う生音が出せない。
「キャスちゃん、リュートが弾けるの……?」
「うん。まぁ、ちょっとだけ。ジェミマ……お母さんよりは全然下手だけど」
実際、ジェミマはかなり上手い。多分元の世界ならYoutubeに動画あげるだけで百万再生いけちゃうような超絶技巧の持ち主だ。一度、からかおうとしてリュートでハードロック風の早弾きをせがんだら、普通に弾きこなされてこっちがビビったことがある。
というかこの世界の吟遊詩人は、あたしがなんとなーく想像してたファンタジーな吟遊詩人のちゃらんぽらんなイメージに反して、皆かなりの芸達者なのだ。まぁ、あたしみたいなアマチュアバンドメンがたくさんいた元の世界と違って、こっちの音楽家は基本的にみんなそれで飯食ってるプロだもんね。
「すごいな……わたし、楽器が弾けるって、憧れちゃう。魔法みたいで……」
ヘルガちゃんは文字通りの魔法が使えるわけだが。魔法使いが普通にいる世界だと、感じ方がまた違うのかもしれない。
確かに、この街じゃ音楽家より魔法使いの方がありふれている。
「ヘルガちゃんも音楽好きなの?」
「……うん。子供の頃、家で演奏会があって……色んな音楽家さんが、素敵な曲をたくさん聞かせてくれたの。音楽好きだったお祖母様が亡くなってからは、一度も開かれていないんだけど。戦争も始まってしまったし……」
あたしから見ると今のヘルガちゃんもまだ子供なんだけどね。
……っていうか、「家で演奏会」ってもしかしてこの子かなり良家の娘なのでは?
「とっても素敵で……まるで頭の中で、別の世界の扉が開いたみたいだった。また聞いてみたいな……」
うっとり語るヘルガちゃんを見て、思わずあたしも口がにやける。
わかる、その気持ち。あたしも子供の頃に小さなちゃぶ台で必死に音楽を聴いてた。今いる場所から遠くが見たくて。自分の世界を広げたくて。
「ねえ、じゃあさ! ヘルガちゃんも一緒にどう?」
「え? どう……って、何を?」
「一緒に作ろうよ、魔法! 世界初の音楽魔法! 超楽しいよ!」
「えええっ!? 無理、無理だよっ!」
ばたばたと両手を振って、必死に否定するヘルガちゃん。
「無理って、なんで?」
「だって、話聞いてた……よね? すごく難しいんだよ。わたしなんかじゃとても……」
「でも、あたしより全然可能性あるって。魔法の成績いいじゃん。ヘルガちゃん勉強もできるし、物知りだし」
「も、物知りだなんて……!」
「物知りだよ、あたしだけじゃ難しいってこともわかんなかったもん。やっぱ持つべきものは友達だねー」
「とも、だち……」
ヘルガちゃんは少しうつむいて、考え込んだ。
――しまった、なんか地雷踏んだかな。
「……わかった。やってみる」
お、そうでもなかった。
「ホントに!? やったー!」
「でも、あんまり期待はしないでね……! 色々試してはみるけど、やっぱり先生たちみたいにはいかないと思うから……」
「大丈夫、手伝ってくれるだけで十分助かるよ。それに、あたしたちまだ若いから時間はたくさんあるしね」
「ふふっ。キャスリーンちゃんって、時々お年寄りみたいな話し方するよね」
「うっ……」
元の年齢でも十分若者だったはずなんだけどな……。
とにかく、これでどうにか道筋はついた。あとは実践あるのみだ。