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第11話 ライク・ア・ハリケーン(3)

 あきらめない――別に、あきらめるつもりはない。バンドのこともアリアのことも。

 でも美玲の言うように別れの時が来たら、あたしは泣いてすがれるんだろうか。エルフの森を敵に回してでも、アリアを引き留める勇気はあるんだろうか。あるいはあたしがエルフの森に押しかけるとか、手段を選ばないつもりがあるだろうか。


(……いや、待って。片思いでそこまでやるのおかしいでしょ)


 あたしの中の冷静なあたしが言う。でも、アリアが音楽のためにそれを望むとしたら?

 疑問は堂々巡りだ。全てを解決する魔法の答えは、「大会で優勝すること」。だから、あたしはそれにすがってる。

 「もし」を考えるなら、離れる前に気持ちを伝えたほうがいいのはわかる。でも、でも――


「さぶっ」


 ぐるぐる考えているうちに、冷たい風が頬を撫でた。

 この国の季節は日本より曖昧だけど(冬だけはガチで厳しい)、今はまだ秋口ぐらいだったはず。もうこんなに冷えてきたなんて、厚着するのダルいなあ、ボヤ出さずにサラマンデル魔法であったまる方法ないかなあ、なんて考えていると。ふと、聞き覚えのある声が耳元に聞こえた。


「……ズーフ」


 思わず肩がぶるっと震える。寒さのせいじゃない。

 ハッとして振り向くと、誰もいない。たしかに耳元で聞こえたのに。


「こちらだ。人間(ズーフ)の子供」


 もう一度振り返ると、そこに細身の男が立っていた。

 ――ヴィシアドル。アリアを連れ戻そうとしてるクソ親父。顔だけはアリアに似て美形だけど、表情は人形みたいに固くて冷たい。「ズーフ」が人間って意味なのはアリアに教えてもらった。語源は「汚いやつら」らしい。クソみたいなエルフ単語。


「シルフの魔法で声だけ送ってきたわけ? 気色悪」

「娘に聞かれては面倒なのでな」


 もしかしてと思って周りを見回すと、やっぱり妙な感じがした。シルフの気配だ。あたしたちを取り囲んで、声が漏れないようにしてるんだろう。今ここで殺されても、アリアには気づかれないってことだ。


「えっと……ヴィシアドル、さん? あたしになんか用?」

「怯えるな。殺すならもう殺している」


 ……そりゃそうなんだけど。今までを考えたら、安心できるはずもない。


「手間を省きに来た」

「手間?」

「こうして無駄な時間を過ごしていることだ。アリアノールはすぐにでも森へ戻さねばならない。確定した結果を待つのではなく」


 その言い方にカチンときたあたしは、思わず恐怖も忘れて言い返す。


「戻すとか、そうやってあの子をモノみたいに言うから嫌われるんじゃないの」

「感情の話はしていない。私は事実だけを言っている」

「『戦争を止めろ』って言ったのはあんたでしょ。だからこっちは必死でそれを叶えようとしてるのに、無駄とかなんとか――」

「……ふぅ」


 あたしが言い終えるのを待たずに、ヴィシアドルは長い溜息をついた。

 ……ムカつく。アリアじゃなくてもぶん殴りたくなるわ、この親父。


「頭の悪い子供だ。やはりアリアノールは愚かだ、こんな者を頼るとは」

「はぁ!?」

「……いいか。エルフが森を出るために必要なのは『不可能』を成し遂げることだ。私は掟を重んずる。初めからそれが不可能と知っているからこそ、条件として出した」

「そりゃ、簡単じゃないのは、わかってるけど……」


 馬鹿にされた後だから強気に出たいけど、まだヴィシアドルの話の行方がわからないあたしは、顔をしかめたまま睨み返す。さっきから嫌味ぽいことばっか言ってるけど、まさか本当に嫌がらせにきたわけじゃないだろうし。


「お前は何もわかってはない。私の任は森のためにあらゆる情報を集め、人の世の動きを把握すること。すなわち私は、この国で起きていることの大半を聞き知っている。市井の人間よりもずっと多くのことをだ」

「はぁ……?」

「それらの情報から断言できる。開戦はもう間もなくだ。王はすでに心を決めている。そして、大会とやらの結果もすでに決まっている」


 ヴィシアドルがさらっと口にした言葉に、一瞬頭が真っ白になる。


「……今、なんて?」


 王様が簡単に考えを変えるわけないのはわかってる。

 大会で優勝するのが超大変だってことも。戦争がもう目前だってことも、なんとなく。

 だけど、「結果が決まってる」って――


「音楽大会で誰が優勝し、王の前に立つか。それらの段取りは全て事前に決められている。お前たちの音楽などはなんの意味も持たない。あの騒音が、音楽と呼べるものとも思わんが」

「出来レースだってこと……?」

「それは共用語か? 私の知らぬ言葉だな。いずれにせよ、優勝するのは東方国の音楽家だ。周辺諸国との戦争に向けて、王は東方国との同盟を結んだ。音楽大会とやらはその友好を示すための舞台でしかない。言っている意味がわかるか?」


 あたしは答えられなかった。意味はわかる、わかるけど、わかりたくない。これまでの努力も、アリアとの時間も、バンドのみんなとやってきた全部が――本当に無駄だなんて。

 こんなのヴィシアドルの嘘だ。アリアならきっとそう言う。だけど正直あたしも納得しちゃってる――この国で、音楽なんてそんなに大事なものじゃない。わざわざ音楽大会なんて開いて、わざわざ王様が顔を出す時点で、まともなはずがないって。

 アリアを残らせたい気持ちで、希望を持っていたくて、あたしは無意識に気づかないようにしてたのかもしれない。


「理解したか。ならば、アリアを引き渡せ」

「引き渡せ、って……ほんの三日も待てないわけ」

「もう十分に待った。これ以上待つことで誰になんの利がある。大会が開かれれば、お前たちは失望し、アリアノールは傷つくだろう。それは私も望まない」


 その言葉に、ほんの少し娘への情を感じて、あたしは一瞬だけ心が揺らぐ。だけど、続く言葉がそれを全部ぶち壊しにした。


「傷は歌を曇らせる。あれは森のために歌わなくてはならない、これからの百年、二百年、その後もずっと。透明なまま歌い続けなければならない、そのように生まれついたのだから」


 ぷつんと何かがキレる音。そして頭の中に、美玲の言葉が浮かぶ。こんなこと知ってたわけじゃないだろうけど、なんてタイムリーな助言をしてくれたことか。


「あきらめないから」

「……なんだと?」

「あたしは、あきらめないから。誰が何を決めてようが知ったこっちゃない。アリアは絶対、そんなクソみたいな森には戻さない」


 考えて喋ったわけじゃない。ただ頭に血が上って、言葉が止まらなかった。

 アリアが憎んでた『森の歌』――その歌がどんな歌かは知らない。きっと実際聞いたら悪くない曲なんだろう。だけど、歌いたくない歌を歌わされて、幸せになんかなれるはずない。

 愛とか恋よりもっと根っこのところで、あたしは、アリアに幸せでいて欲しい。そしてアリアの幸せは、森にもこの父親のところにもない。それだけは、言い切れる。


「ならば、どうする?」

「…………」

「答えなどないのだろう。お前には何もできない。ただ騒音を鳴らすだけ。駄々をこねるだけ。子供がするのはそれだけだ。奇跡を待つが、奇跡は起きない。ただ、失うだけ」


 ヴィシアドルの言葉はいつも通り冷たく無感情に聞こえた。ただ、事実を並べてるだけ。

 そして、その言葉は全部正しい。正しいよ。正しいから、なんだってんだ。


「……なんだ? その指は」


 あたしは最大限にムカつく顔を作って、中指をおっ立てた。


「奇跡なら、もう起きてるもん。あたしがここにいること。あたしがアリアに会えたこと。二度あることは三度あるって、あたしの故郷じゃ決まってんだよっ!」


 柄にもなく喧嘩腰で、いつでもこっちを殺せるエルフの暗殺者に向かって、あたしはそう言い放った。いつもならここで「あーやめときゃよかった」って即座に後悔するけど、今ばっかりは少しの後悔も浮かばなかった。


「そうか。ならば、用は済んだ」


 ヴィシアドルはほんの少し眉を動かして不快感を示しつつも、これ以上お説教を続ける気はないみたいだった。


「掟に従い、お前たちの失敗が決まる開戦の日までは待とう。少なくとも大会の終わる日までは、狼煙は上がらぬはずだ」


 その言い方に、胸がざわつく。「少なくとも」ってことは――本当にもう数日しかないのかもしれない。ヴィシアドルがわざわざこんな話をしにきたのも、それで焦ってるのかも。戦争が本当に始まってしまえば、森に戻るのも今より大変になるだろうから。


 ……そんなこと考えてるうちに、ハッと気づいた時にはヴィシアドルの姿は消えていた。

 風の音と街の喧騒が再び耳に届き始めて、思わず気の抜けたため息をつくあたし。


「やるしかないか……」


 自分に言い聞かせながら、心に浮かぶ不安と恐怖。でもそれ以上の激しい気持ちが、胸の中で嵐みたいに渦巻いていた。まだ名前のない、言うなれば、清々しい怒りみたいな気持ち。

 歌いたい。弾きたい。みんなの前で。最高の演奏とディストーションに乗せて聞かせてやりたい。ぶつけてやりたい。このモヤモヤを、アリアと一緒に。


(……練習しよ)


 あたしはSGを包む布袋の結び紐をきゅっと握って、夕暮れの道を走り出した。

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