第11話 ライク・ア・ハリケーン(2)
残されたあたしと美玲はなんとなく顔を見合わせて、肩をすくめる。ヘルガちゃんにああ言われたからって、今さら意識するって関係でもなく。どちらかといえばやっぱり、隠し事一切なしで気兼ねなく話せる気楽さのほうがデカい。
「じゃ、音合わせしますか」
「はいよ。とりあえず『わたここ』ね」
「ん」
会話もそこそこ、とりあえずかき鳴らす。すぐに入ってくるベースの音。
――やっぱりお互い転生前より上手くなった。美玲はともかく、あたしも正直自分で予想外なほど上手くなった。たった四日の練習で、けっこう他のメンツについていけてるとは(ムニャ子先輩は相変わらずボロクソ言うけど)。
そして楽。圧倒的に楽。あたしがちょっとズレると自然に合わせてくれるし(ムニャ子先輩は絶対合わせてくれない)、あたしがちょっとアドリブ入れると速攻で拾っていい感じに対応してくれる(これはムニャ子先輩もたまにしてくれる)。
「バランスいいね。ヘルガ、耳いいわ。私とあんたの音の住み分けも綺麗にハマってるし」
「でしょ。一応、本番前にちょっとだけリハさせてくれるらしいから、その時みんなで最終調整しよ」
一曲弾き終えて、お互い感想を言い合う。音響の話だとついついヘルガちゃんを褒めそやす会になりがち。
「ふー……」
そして話題が尽きると、なんとなく二人とも黙り込む。別に気まずいわけじゃない。昔からよくある、気楽な沈黙。わざわざ話題探ししなくても、今さらちょっと黙ってたくらいでお互い嫌われたとか思わないし。
「……タバコ吸いたい」
「やめときなよ。前世でも全然合わなかったじゃん。にゃー子ちゃんよりひどくてさ」
急に変なことを言い出す美玲に、思わずツッコむ。お互い若々しかった頃の話だ。二人で格好つけてタバコ吸おうとして、あたしは平気だったけど美玲はよっぽど体質が合わないのか、ゲロ吐いて二日寝込んだ。
「今度の体は大丈夫かもしれないし。うちの国、みんなスパスパ吸ってるし」
「どっちにしろ未成年じゃん」
「んー……」
美玲はぼんやり気のない返事をして、じっと自分の楽器を見つめた。
なんかアンニュイな顔。たぶん、何か言い出しにくい話がある時のやつ。言い出しにくいけど、言うしかないなって時の顔だ。あたしは美玲が切り出すのをじっと待った。
「……香凛」
「なに」
「あんた、あの女と最近どうなの。……アリアと」
目を合わせずに言う美玲。あたしは露骨に嫌な顔をしたが、美玲には見えなかっただろう。というかそれを承知で顔逸らしてるな、こいつ。
「どうって何よ。べつに、普通だけど」
「普通か……普通ね」
意味ありげにボソッと言う美玲。
その小さな仕草で、美玲の言いたいことはわかった。要はあたしがチキンで日和ってて、アリアに全然アプローチできてないのを煽ってやがるのだ。ちょっとムッときたあたしは、つい声がちょっと大きくなる。
「普通でいいじゃん。普通の何が悪いのさ」
「もし大会で負けたら、っていうか大会で勝っても、成り行き次第であの子は森に帰るわけでしょ。あたしたちがどれだけいい演奏したってさ。それがわかってんのにグズグズ普通にしてていいのかって話」
「それは……」
図星を指されて、答えに詰まるあたし。
んなこと、あたしだってわかってるけど。他に方法がない以上は、大会で優勝するのが最大の可能性なわけだし。だったら全力でそこに賭けるしかないじゃん。そんで今はアリア含めてみんなで必死でその賭けに乗りまくってるわけじゃん。だったら、勝てるつもりでいなきゃだし。アリアとだって、これからもずっと一緒なつもりでいないと嘘になるじゃん。これで終わりだなんて、思っちゃったらおしまいじゃん!
「んな……ってるけど……なわけで……ったらさ……じゃん!」
言いたいことが渋滞して、途切れ途切れの言葉しか出ない。でもなぜだか美玲にはこれだけで伝わったようだ。
「言い訳おわり?」
伝わったうえでこの言いよう。お互いのこと、わかり過ぎてるのも考えものだ。
あたしは口答えするのをあきらめて、ふくれっ面でため息をつく。
「……なんで、美玲がそれを気にすんの」
「もしあんたとあの子がダメだったら、ワンチャンあるかもしれないから?」
「はぁ? は……はぁ!?」
美玲のことはよくわかってる――そう思ってたはずのあたしでも、さすがに困惑とショックで顔のパーツがおかしな位置に動きそうだった。
「いや、ちょ、でも、だって、美玲は、だって、切り替えたって……」
「冗談。今さら引っかかんないで、そんなの」
う……まんまと騙された。こと恋愛感情の話になると、あたしはどうやらいくつになっても頭真っ白で何もわかんなくなってしまう。昔からそうだ。美玲のほうがそうでもないのがムカつく。
「でも、責任とってくれとは思ってるよ」
「責任……ですか」
「私はこの世界であんたを探して14年生きてきたわけ。それは別にヨリ戻すためではないけど、少なくともあんたの自己満足な失恋物語を見届けるためではない」
勢いで一瞬納得しそうになるが、よく考えたらめちゃくちゃ勝手なことを言われてる気がする。別にあたしが美玲をこの世界に連れてきたわけじゃないし。
「えっと……つまり、あたしには美玲の野次馬根性を満足させる義務があると?」
怪訝な顔のあたしに、美玲は深い溜め息をついて言った。
「つまり。せめて、あんたの幸せな顔を私に見せてよ。何度も、何度も、あんたの嫌な顔ばっかり見せないで。私なしでも、あんたが幸せだって思わせてよ。でないと……」
美玲は一瞬言葉に詰まって、それから気が抜けたように続ける。
「でないと、私が前に進めないの」
「美玲……」
勝手だ、やっぱり。ずるいじゃん、そんなの。あたしの死に顔まで見てる奴にそんなこと言われたら……逆らえないじゃん。
「卑怯だって言いたいだろうけど。このぐらい言わないとあんた、自分から動かないでしょ」
「ぐ、ぬ……はい。そうですけど……」
そこまで読まれたら認めざるを得ない。美玲がそれだけ応援しようとしてくれてるんだってことも――わかってる。多分、ちょっと無理してることも。
あたしは肩の力を抜いて、酒場の床にすとんと座り込む。
「……あたし、多分怖いんだと思う」
「何が。フラレるのが?」
「それも怖いけどさ。あたしがなんか言って、あの子の心が揺らいだら、あの子がまた歌えなくなっちゃうんじゃないかって。せっかく今、あんなにすごい歌が歌えてるのに、あたしの勝手な気持ちなんかでそれを壊しちゃったらってさ。大会直前なのに」
「自意識過剰」
「でも、実際アリアって正直引くぐらいガチであたしの音楽のこと好きじゃん。あの子はあたしじゃなくて、あたしの音楽に惚れてて……」
あらためて言葉にしてみると、ちょっと胸がきゅっとなる。どうしようもない事実。あの子はあたしの『ロック』が好きで、別に女として見てるわけじゃないってこと。当たり前っちゃ当たり前だけど。
でも、それはあたし個人のわがままだ。本当に大事なのは、アリアがあたしの、いちばん大事なものを愛してくれてるってこと。
「あたしが恋愛感情向けてるって知ったら、ドン引きするかも。それだけならいいけど、あたしの音楽まで嫌になっちゃったら……って思うとさ」
そうしたらあたしは、もう一度立ち上がることはできないかもしれない。彼女はあたしの音楽を、あたしの価値を……あたしの中の光を、見つけてくれた人だから。
「あの子はあたしの最高のファンなんだよ。……なくしたくないよ」
「…………」
「あの子の師匠でいたい。今は」
美玲は急に変な顔になって、しばらく黙り込んだ。何考えてるか読みようのない、あんまり見たことない顔だ。真面目な話したつもりなんだけどな……。
「……似たもん同士か」
「へ?」
「なんでもない。あんたが動きたくない理由はわかったよ。あたしもちょっとおせっかいだった」
「ちょっとじゃないと思うけど」
「黙れ。とにかく、私が言っておきたいのはさ……」
美玲はあらためて、あたしの目をじっと見た。目の色が変わっても変わらない眼差し。
「あきらめないでよ、何があっても。音楽も、女も」
美玲は強い。70%ぐらいはただの虚勢だけど、残りの30%は本当に強い。
要するに美玲は……かっこいい。昔と同じに。
「返事は」
「……はい」
返事を聞くと、美玲はひょいとヴィオールを抱えて颯爽と酒場を出ていった。あたしよりちょっとチビになったくせに、立ち居振る舞いだけ昔通りなんだよな。
残されたあたしはしばらく美玲の言葉を思い返して、それから思わず呟いた。
「やっぱあたし、勝手な要求押し付けられただけなのでは?」