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第11話 ライク・ア・ハリケーン(1)

 そんなこんなで、練習の日々はマジで嵐のように過ぎた。

 初日にイメージをバシッと決められたせいか、新しいアレンジは日に日に完成度が増してきてる。ライブまで――大会本番まで、今日を除いてあと三日。ギリギリの日程だけど、きっと間に合う。間に合わせる。絶対やれる。

 やけくそ混じりにそう言い聞かせて、朝から晩まで、授業時間以外はSGを弾きまくっていた。ちくしょう、使うコードは増えてるし、リズムはややこしいし、誰がこんなアレンジにしやがった……パンクロッカーはコード三つ覚えれば十分って聞いたのに。



「……アリアさんの歌、今日も凄かったね」


 今日の練習を終えて、美玲と三人で音響魔法の調整をしている時のこと。ヘルガちゃんが遠い目をしてそう言った。


「うん。なんか最近キレッキレだよね。声重ねるの、怖くなるぐらい」

「キャスちゃんもすごいよ! あの歌声と一緒でも、全然負けてないんだもん」


 ヘルガちゃんのフォローに、あたしもゲヘヘと照れ笑い。

 正直そこは自分でもよくやってると思う。アリアは完璧にあたしの編曲に合わせて、しかもあたしの歌を包みこんでくれる。おかげで、あたしはあんまり気を使わずいつもの感じで声を張り上げることができて、その荒さがいい感じにアリアの超美麗ボイスとコントラストになってる――と思う。自画自賛。


「……ヘルガ。私の音、もう少しビシッとできない?」


 話題を切るように、美玲がヘルガちゃんに言う。この女、ヴィオールの音を音響魔法でバキバキにいじれることを知ってから、ヘルガちゃんをこき使いまくっているのだ。……あたしも最近、めっきり自分で魔法かけてないから人のこと言えないけど。


「ビシッと? うーん、ブンッ! って感じを目指したんだけど、もっと硬いほうがいいかな」

「違う。柔らかい感じを残しつつ芯を強めたい。だから、ビシッ」

「ふん、ふん……つまり、バキッじゃなくてビシッなんだね」

「そう。理解早くて助かるわ」


 ……全然わからん。このベーシスト特有(だとあたしは勝手に思ってる)の抽象会話についていけるあたり、このバンドの本当の天才はヘルガちゃんなのかもしれない。と、ちょっと思う。


「キャスちゃんはどう? 何か変えたいところか……」

「うーん……その、こないだ言ってたアレなんだけど……」

「えっ!? もしかして、アレ!?」

「うん……やっぱ、お願いしようかなって」


 手を叩いて喜ぶヘルガちゃん。テレ顔のあたし。

 そんなあたしたちを見て、美玲が疑わしげに目を細める。


「あんた、子供に何させる気」

「言いがかりが過ぎる……あたしも子供だし」


 何を想像してたんだ、こいつ。


「あのね、キャスちゃんのギターは曲ごとに細かく音の雰囲気を変えようと思ってるんだけど……新しい編曲だと途中ではっきり曲調が変わる展開があるから、そこで音色も細かく切り替えられるようにしたいなって。でも、演奏中にわたしが呪文の詠唱をするわけにはいかないでしょ。だから、シルフに単純な切り替えの呪文を伝える合図を作れないかって……指輪型の簡単な呪具を用意して……」

「……なるほど」


 楽しげに説明するヘルガちゃんの言葉は、どうやら美玲には伝わってなさそうだ。「なるほど」の言い方でわかる。適当に流してるときのやつだ。

 あたしは助け舟を出して、わかりやすい言葉でぼそっと耳打ちしてやる。


「要するに曲中で音色(おんしょく)変えたいから、エフェクター踏むみたいな感じで、あたしが魔法の合図で切り替えられるようにするってこと」

「なるほど……」


 よし。今度は理解できた時の「なるほど」だ。

 伝わった途端、美玲はあたしの方を向いて眉を寄せる。


「だったら、なんで渋ってたわけ? 断る理由ないでしょ」

「まぁ、そうなんだけどさ。ヘルガちゃんの考えてくれたその魔法の合図ってのが、ちょっと……」


 あたしが言い終わらぬうちに、ヘルガちゃんが見せつけるように、あたしの前で指を立てた。

 ――中指を。


「う……っ」


 思わずあたしの口から苦み走った声が出る。ヘルガちゃんのきょとんとした無邪気な顔でまっすぐ中指立てられると、なんか妙な迫力がある。


「どうして、これがだめなの? 演奏中でもしやすい小さな仕草だし、立てる指によって五つまで音を分けられるから、すごくいいと思うんだ……薬指だけちょっと難しいけど」

「い、いや、ヘルガちゃんは悪くないんだよ。あたしの心が汚れてるだけっていうか……」


 うろたえるあたしを見て、美玲はふっと鼻を鳴らした。最高に楽しんでる時の音だ。


「ヘルガ。絶対それでやって。私が許す」

「あんたが許したからってさぁ……」

「いいでしょ。この世界じゃ誰も中指なんか気にしないって。王様の前でそれやってロック聞かせるの、最高にパンクじゃない? バンド名もファッキューだし」

「ファル・キューオールだっての!」


 あたし考案のバンド名が正式採用されて以来、事あるごとにいじってくる。あたしと美玲でしか通じない身内ジョークなのにさ。


「キャスちゃんとミリエラちゃんって、本当に仲いいよね」

『えっ』


 あたしと美玲が同時に言う。……まあ、この調子で喋ってたらそう思われるか。今となっては遠い昔だけど、元同棲相手だしどうしても気安くなっちゃう。


「まー古い友達? だから」

「そ、そうそう!」


 冷静な美玲に比べて、あたしはちょっと慌てた。ヘルガちゃんはアリアに一途なあたしを応援してくれてるわけで、万が一「ミリエラ」があたしの元恋人なんて知られたら、なんか気まずい……年齢の計算もちょっとおかしくなりそうだし。


「ちょっとうらやましいなぁ。わたし、そういう友達いなくて妹とばっかり遊んでたから」

「妹さん、仲いいんだね。会ってみたいなー」

「んー……わたしも一緒に遊べたらって思うんだけど、ちょっと気むずかしい子だから」


 ヘルガちゃんが「困った子だわ」って感じの、優しい困り顔をしてため息をつく。あたしたちの中だといつも妹ポジだから、こういうお姉さんな表情は珍しい。


「……あ! そろそろ門限だし、わたしは帰るね。音響魔法の切り替え、明日までに完成させておくから。二人とも、練習頑張って!」


 そう言うと、ヘルガちゃんは慌ただしく酒場を出ていった。

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