表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/49

第10話 夜を飛ぶ鳥のように(2)

「はぁ!? おめー、喧嘩売ってんのにゃ!?」


 練習に集まった皆に事情を説明した途端、ムニャ子先輩が声を上げた。そりゃ当然だ。あと一週間しかないのに全部練習し直しになるんだから。でも、ここは退けない。


「お願い。アムニャール先輩。絶対によくなるから」

「ぬぅ……」


 真剣さを伝えたくて久しぶりに本名で呼ぶと、ムニャ子先輩は困惑の唸り声を出しつつ黙り込んだ。


「とにかく、みんな一旦聞いてみて。それで雰囲気わかると思う」


 あたしが布包みからジェミマのSGを取り出すと、美玲が一瞬ぎょっとした顔になるのが見えた。肩から掛けて、小さく呪文で歪ませる。薄いぶん生音が小さいから、音量は大きめに。

 初めての本格演奏だ。すうっと息を吸ってかき鳴らすと、鋭い音が酒場中に響く。三曲それぞれのわかりやすいフレーズを順に弾き終わると、ヘルガちゃんがパチパチ拍手してくれた。


「不思議……音がすごくキラキラしてる。高音? が強いのかな……でも、耳に痛くない。強くて、優しい音……」

「ヘルガちゃんの魔法なら、あたしよりもっといい音にできると思う。今までより明るい感じにしたいんだ。一緒に調整してくれる?」

「う、うん! わかった。わたし、頑張るよ」


 ほんの一ヶ月ちょいで、ヘルガちゃんは音への感受性がすごく鋭くなった。多分もう、あたしよりずっと耳がいい。任せて大丈夫だ。

 美玲の方をちらっと見ると、彼女はあたしのギターをじっと見ていた。


「香凜、その楽器……」

「あ、うん。ジェミマが作ってくれた」

「へえ……いい親持ったね」


 くすっと笑って、あたしの肩をぽんと叩く美玲。美玲はあたしの前世の親との確執も知ってるから、その一言が重い。


「で、今のアレンジ……どう思う?」


 小声で、ぼそっと聞いてみる。カタカナ語は他の皆には聞かせられない。


「一言で言うと、あんたらしくない」

「うっ」

「……いい意味でね。だいぶキャッチーになりそう。売れ線っぽいというか」

「それ褒めてる?」

「褒めてるよ。ただ、ちょっと悔しいだけ。前はそういうの、できなかったでしょ」


 確かに、生まれ変わる前のあたしにはできなかった。そもそも曲のアレンジとか考えたこと自体あんまりない。思いつくままに歌って、三人のやりたいままにやって。あの頃も最高に楽しかったけど。

 美玲からすれば、死ぬ前にこれができてたら……って思ってしまうんだろうか。


「……なんか、ごめん」

「謝んないで。私も昔よりいいベース弾けるから」


 美玲は肩をすくめて、あたしから離れていった。

 その横でアリアは、ぼうっとあたしの手元を見ていた。


「アリアは……どう思う?」

「……昨夜。本当は、ずっと聞いていました」

「え!? 寝てないってこと? 体大丈夫?」


 思わず心配するあたしに、アリアはくすっと笑った。


「私は平気です。エルフですから。カリンこそ、無茶をして……」


 理屈はわからないけど、エルフだからと言われると確かに大丈夫そうに聞こえる。


「……ごめん。でも、その甲斐あったと思ってる」

「はい。きっと私だけでなく、この国の全ての人に響くはずです。響かせてみせます」

「うん。一緒にね」


 さて、これで残るはムニャ子先輩だ。あたしはもう一度ムニャ子先輩に向き直って、聞き直した。


「どう思う? 先輩」


 先輩は真顔でしばらく考え込んでから、探るような目であたしを見た。

 その鋭い猫目を見た途端、ノリノリだったあたしの頭がすっと冷静になった。


「……つまり、『よくある感じ』にしたいわけだにゃ」

「むっ……」


 ムニャ子先輩の棘のある言葉に、思わずうなるあたし。さすがにプロだ。

 そう……このアレンジは言ってしまえば、原曲が持ってた『ロックっぽさ』をちょっと薄めて、代わりに『この世界っぽさ』を入れようとしている。目指したのは8ビートの直線的なリズムに、ジェミマの楽隊みたいな軽快なうねりを加えたロック。元の世界で言うなら、アイリッシュパンクみたいな感じだろうか。

 ――でも要するにそれは、ムニャ子先輩然り現地の人たちからすれば『普通』に聞こえるかもしれないってことでもある。実を言うと、その危険性はあたしも昨夜ずっと考えていた。


「ありがち感が出ちゃうのは否定しない。でも、ちゃんと理由があるんだよ。正直言うと、この音……歪めたギターの音だけでも、大半の人には『新しすぎる』って思ったんだ」

「…………」

「聞いたことない音で、聞いたことない音楽をやれば、みんな驚くだろうけど。本当に良さをわかってもらうには三曲じゃ短すぎるよ。大会に来るお客さんのほとんどは、ムニャ子先輩みたいに音楽の専門家じゃない。ただ週末に楽しい音楽と、お祭り騒ぎがしたい人たちでしょ。だから――」

「だから、聴衆に合わせてヌルくするわけにゃ?」


 グサッとくる言葉だった。自分の中にあった迷いを言い当てられたような。

 ひるむあたしに、ムニャ子先輩は真剣な声で畳み掛けてきた。


「あーしは昨日にゃんつった? 新鮮な律動(リトモ)があーしらの武器だって言ったにゃ。それを自分らで鈍らして、耳慣れた音楽にしちまったら埋もれるだけだにゃ! ジェミマさんの演奏にあっさり影響されにゃがって……」


 その剣幕に、横でヘルガちゃんがオロオロするのが見えた。

 でも先輩は決してただ喧嘩腰なわけじゃない。言ってることは筋が通ってるし、何よりその挑むような目つきから伝わってくる、本気の思い。

 ――いい曲を、いい演奏をしたい。その気持ちはあたしと同じはず。


「埋もれないよ。あたしたちの武器は新しさだけじゃないもん。アリアの歌も、ムニャ子先輩の太鼓も、ミリエラのヴィオールも、ヘルガちゃんの音響魔法も。だから、絶対埋もれない! この編曲で今よりスゴい音楽を鳴らせるって、あたしは信じてる」


 あたしが言い返すと、ムニャ子先輩は冷静な顔でじっとこっちを見つめた。尻尾がくるり、くるりと後ろで円を描く。機嫌がいいのか悪いのかわからないけど、とにかくこっちも本気をぶつけるしかない。


「上手く言えないけどさ……あたし、ただみんなを驚かせるだけじゃ足りないんだ。せっかくこんな最高のバンドができたんだもん。王様にだって、みんなにだって、こいつらスゲーって思わせてやりたいじゃん! なんてーか、ただ横っ面ぶん殴るだけじゃなくて、鼻血吹き出してビビってほしいんだよ!」

「……本当に最悪な言い方だにゃ」


 ムニャ子先輩はあきれたように肩を竦める。くやしいけど、反論できない。


「つ、つまり……見てくれた人全員の心を揺さぶりたいの。そうしなきゃ勝てないし、そうでなきゃつまんない。斬新さと聴きやすさと、どっちかだけなんて悔しいじゃん。どっちも取りに行こうじゃん。ジェミマに勝つって、そういうことじゃん!」


 勢いよく言い切って、あたしは目を閉じた。ムニャ子先輩の反応見るのが怖かった。

 あたしに言えることは全部言った。もしこれで納得してもらえなかったら……どうしよう。もしかしたら、これっきりかもしれない。無茶苦茶言ってるのはわかってるし。ムニャ子先輩、本当はもっと忙しいって言ってたし。さすがに愛想つかされるかも――


「とんでもねーワガママ言いやがるにゃ」

「……ごめん」

「あやまってんじゃねーにゃ」


 偶然にも美玲と同じようなことを言ったと思うと、ムニャ子先輩の手がいきなりあたしの背中をバシッと叩いた。思わず目も口も開いて驚くあたし。


「ふぇっ!?」

「ダラッとすんにゃよ。これから死ぬほど大変なんだからにゃ。特におめーが」

「あたし……?」

「一番ヘタクソなくせに、一番目立つ音で弾くんにゃぞ。死ぬ気で練習しねーと、あーしらについてこれねーにゃ」

「ってことは……ムニャ子先輩!」


 一緒にやってくれるんだ。そう理解した瞬間、思わず抱きつこうとするあたし。

 その腕を素早く避けて、ムニャ子先輩はシャーッと威嚇音を出す。


「勘違いすんじゃねーにゃ! おめーらだけに任しといたら、締まらねー演奏になってジェミマさんに恥かかせちまうからにゃ。あーしが、最高の律動(リトモ)でおめーの無茶な編曲を面倒みてやるってだけだにゃ。年長者の責任感ってやつにゃ!」


 お手本みたいなツンデレ発言。でも、彼女の言う通り。マジでムニャ子先輩がいないと――ムニャ子先輩じゃないと、あたしのロックを理解して、その上で聞きやすくアレンジするなんて荒業は実現できない。


「頼りにしてます、先輩!」

「おう、もっと敬えにゃ」


 調子に乗るムニャ子先輩に、そっと背後から近づく人影。美玲だ。

 何をする気かと思った矢先、美玲はムニャ子先輩の背中をぐっと押して、さっき抱きつこうとして広げたままの両腕の中に押し込んできた。ほっぺたに猫毛がふわふわ触れる。抱き心地いいな、この人。


「にゃっ!? な、何すんだにゃ!!」

「はいはい、いいからいいから。ここは全員でガッと抱き合う流れでしょ」


 美玲はそう言うと、ヘルガちゃんのことも引っ張ってきて、あたしたち三人を囲むように両腕を伸ばした。強引なグループハグ……いや、多分これ自分の照れ隠しにみんな巻き込んでるだけだな。そういう女だ。


「だ、抱き合うの? ミリエラちゃんの国の文化なのかな……」

「そんな感じ。結束の儀式みたいな。……ほら。アリアも」


 少し離れて見ていたアリアに、美玲が手を伸ばす。


「……はい」


 アリアはおずおずとその手をとって、あたしたちの輪に入ってきた。

 ――ちょっと複雑な組み合わせ。あたしだけなのかな、気にしてるの。


「……もう気ぃ済んだにゃ? 早く解放しろにゃ」

「あとちょっとだけだから」


 本気で嫌そうなムニャ子先輩をなだめて、美玲がちらっとこっちを見る。


「なんかキメの一言言ってよ、師匠(マエストロ)

「ええ!? うーん……」


 文字通りひと塊になったバンドメンバーの視線が、あたしに集まる。

 あたしを待ってる、期待の視線。でも、なんでだか怖くない。失望させるかもみたいな、いつもの不安は浮かんでこなかった。


「よし、じゃあ……みんなで鳴らそうぜ! あたしたちの最高で最強のロック!!」


 またしても小っ恥ずかしいあたしの掛け声に、みんなが「おー!」とか「にゃー」とか返してくれる。今度はあたしも照れずにそれを喜べた。

 ――夜を飛ぶ鳥みたいに。先のことなんて何も見えてるわけじゃない。

 だけど……あたし一人で飛ぶわけじゃないから。


(第10話 おわり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ