表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/49

第9.5話 セカンド・ハンド・ニュース

「……なぜ、ずっと隠れているのですか?」


 薄闇の散歩の後、香凜を見送ったアリアはふと背後を振り向いて言った。

 すると木陰に隠れていた影が小さく揺れた。


「ミリエラさん」


 名前を呼ばれ、少女は観念したように陰から歩み出る。


「別に。通り道だったから」


 無表情に答えるミリエラ。アリアは彼女の前にずいと歩み出て問い詰める。


「気付いていないと思っていましたか。今日だけではありません。数日前から毎日のように、私たちを尾行していましたね。距離をとっていても、私にはシルフが教えてくれます」

「…………」

「目的はなんですか? 長老たちかヴィシアドルに依頼されたのですか。それとも人の国の王が師匠(マエストロ)に何か企みを? いずれにせよ、カリンの身に害を及ぼそうというのならば――」

「違う!」


 うんざりしたような大声で否定するミリエラ。予想外の反応に目をぱちくりするアリア。


「……あーあ。もう、いいか」


 ミリエラはふうっとため息をつくと普段の冷たい口調を捨てて、年に似合わぬ大人びた声でつぶやいた。ひるみつつも厳しい態度で問い詰めるアリア。


「質問に答えてください。あなたの目的はなんですか」

「私は……あんたたちがどうなるか気になってただけ。いつまで経ってもぐずぐずしてるから」

「? なんの話です?」

「…………」


 アリアの問いに、ミリエラは沈黙した。

 それから意を決したように深呼吸すると、敢えてぶっきらぼうな声を作って続けた。


「『この手の中のぬくもりを』。いい曲よね」

「……はい」

「あれ、私の手」


 アリアの顔がこわばった。両手はぎゅっと握られ、表情の消えた両目はじっとミリエラの顔を冷たく見つめていた。


「香凜に何か聞いた? その感じだと私ってことまでは知らないか」

「それを……私に伝えて、どうしたいのですか」


 こわばったままのアリアの顔は、怒っているようにも怯えているようにも見えた。


「見てられないのよ。あの子が、脈なしの女に振り回されてるとこ。時間の無駄じゃない? お互いにさ。私があきらめた意味がなくなるし」

「あなたの言っている言葉がわかりません」

「いつまでそうやって、わからないフリしてんだよって言ってるの」


 自分よりずっと背の高いアリアに対して、ミリエラは一歩も退かず睨めつける。


「どうしたいのかなんて聞きたいのはこっちよ。好かれてるって知ってるくせに、何も気づかない顔して。そのくせ毎日隣でベタベタして、あからさまに熱い視線送っちゃって。何考えてんの、本当に」

「あ……」


 アリアの顔が赤く染まる。


「あの子の気持ち考えてる? あと一週間。もしあんたがエルフの森に帰ることになったら、それっきりでしょ。残りの人生、あんたのこと引きずって生きてて欲しいわけ?」

「……私は……」

「私は……っ!」


 互いに言いかけた言葉を飲み込んで、口を閉ざした。

 沈黙の後、先にしびれを切らしたのはミリエラだった。


「私はあんたのこと好きじゃないけど。香凜には幸せでいて欲しい。私の隣じゃなくても。そのためにここまで……はるばる異国まで追ってきたんだから」

「あなたの気持ちが、私とカリンにどうして関係するのですか!」


 アリアは声を抑えながらも、はっきりと怒りを込めて言った。彼女がカリン以外の他人に感情をここまで露わにするのは、初めてのことだった。


「私が……私がどれだけあの方を慕っても、誰も幸せになんてなれないではないですか。同じ時間を生きることも、同じ世界に生きることもできない。共に生きることのできないものが、人間を愛してどうなるのです。彼女の限られた時間を、私のために浪費させてしまうだけではないですか」

「……あきらめてるなら、離れていけばいいじゃない」


 唇を噛んで、ミリエラが言う。


「わかっています。私は勝手です。でも今この時だけ、音楽を通じてだけ、私はカリンと繋がれるのです。同じ風になれるのです。だから、お願い……」


 アリアの握りしめた両手が震えていることに、ミリエラは少し遅れて気がついた。

 そして彼女の宝石の瞳から、ぽたぽた涙が流れていることにも。


「私の『今』を奪わないで……!」


 その悲痛な表情を見たミリエラは一瞬ぎょっとして、それからばつが悪そうに顔をしかめた。


「……あー……その。そういうつもりじゃ……ごめん」

「……いえ。あなたのせいではありません。今のは……私自身の問題です」


 アリアは深呼吸して涙を抑えると、小さく呪文を唱えてシルフの力で頬を乾かした。


「私は、カリンの『歌姫』でいられることが幸せです。それ以上は、望みません。たとえ彼女が望んでいるとしても。まどろみの夢は夢のまま、思い出になれば……醒めることもないのですから」


 涙を風に消し去り、決意の表情を浮かべるアリアを見て、ミリエラははっと気付いた。


「あんた、大会に勝つ気なかったわけ? だから平気な顔で――」


 アリアは質問には答えず、彼女に背を向けた。


「……カリンが私のためにしてくれることは、全部嬉しかったです。胸が張り裂けそうなほどでした。だから、その気持ちだけで、私はもう千年生きられます。あの方の歌と、頂いた愛だけで」

「受け取ってもないくせに、愛がどうとか言わないでよ」


 チッと舌打ちして、ミリエラは歩き出すアリアを呼び止める。


「アリア。あんたがあきらめても、香凜はあきらめないよ。そういう子だから」


 アリアは一瞬立ち止まり、うつむいて泣きそうな顔をした。それから深く息を吐いて、また歩き出した。彼女が今、帰るべき家に向かって。


<第9.5話 おわり>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ