第9話 風をあつめて(6)
「……カリン?」
そっと扉を開けて入ってきたアリアの声に、窓を向いてギターを爪弾いてたあたしは一瞬気づかなかった。
「……あ。アリア! おかえり、遅かったね」
「すみません。あの、その楽器は……?」
「へへ、ジェミマがくれたの。あたし、もうちょっと弾いてるからアリアは先に寝てて」
そう言って、あたしはギター片手に部屋から出ようとした。呼び止めるアリア。
「カリン、ここで弾いては駄目なのですか? 私はあなたの演奏ならば眠る時も起きている時も、常に聞いていたいのですが……」
なんか怖いことを言い出した。リュートより音量小さいとはいえ、さすがに子守唄には向かないと思う。
「いや、まだまだ遅くなりそうだからさ。色々やりたいことあって」
「やりたいこと……二人で歌うため、ですか?」
「それもあるし、歌詞の直しもあるでしょ。だから、いっそ全部編曲し直そうかなって」
「え……三曲全部、ですか?」
さすがのアリアもぎょっとした顔でこっちを見返す。
……だよね。残りあと一週間で、演奏もほぼ固まった今になって、全部ひっくり返すわけだから。みんなにもアリアにも迷惑かけちゃう。それはわかってる、けど。
「詳しいことは明日の練習で話すよ。アリアにも歌い方とか、ちょっと変えてもらうかも」
「は、はい。私は構いませんが……それを今晩のうちに?」
「んー、朝までかかっちゃうかも。でもなんか今、創作意欲が湧いててさ。この勢いで一気にやっちゃいたいんだ。絶対よくしてみせるから」
「……わかりました。私に手伝えることがあったら――」
「アリアには明日たっぷり歌ってもらうよ。今日はゆっくり寝て」
「うぅ……はい」
アリアは心配げな顔をしつつも、あたしの謎の迫力に気圧されたのかうなづいてくれた。
あたしは確かに、自分でもよくわからない衝動に突き動かされていた。今を逃したら、消えてしまうかもしれないかすかな火。たぶんジェミマが――そして、みんながつけてくれたもの。
「……うん。……もっと、こう……」
キッチンに移ったあたしはシルフ魔法で軽く防音しつつ、いつものリフをちゃきちゃきと弾く。少しずつパターンを変えて何度も。今までの人生で、何百回と繰り返してきたあたしの曲。
だけど、今まで通りじゃない何かに、生まれ変わらせてあげたい。
「カリン。私の師匠」
「ん?」
「……ご武運を」
アリアはきりっとした顔でそう言って、ぱたんと扉を閉じた。
そう。戦いに挑むつもりで頑張ってみよう。
あたしの曲はいつも、あたしの気持ちをぶつけるためのものだった。わかってほしいとか、伝えたいとか、聞かせてやるとか。それがロックだと思ってた。実際、それも一つの真実だとは思うけど。
でも……作った曲を誰かに聞かせる時、音楽はあたし一人のものじゃない。そんなクソがつくほど当たり前のことが、ジェミマの言葉でようやく体に染み込んできた。ずっと、聞かせる側になりたくて必死だったから。聞く側としての気持ちを、あたしは忘れてたのかもしれない。
ロックはいつも楽しかった。あたしをスカッとさせてくれた。あたしが言いたくても言えないことを言ってくれて、叫びたくても叫べないことを大声で叫んでくれた。
今度はあたしがそれをやってみよう。ジェミマとは別のやり方で、ロックにしかできない形で、このクソみたいな世界で生きる人たちをスカッとさせられるような音楽を。
「……よし。いい感じ!」
ふと、あたしは失踪した叔父さんが子供のあたしにぶつぶつ話してたことを思い出した。確かロックじゃなくてブルースの話……いいブルースは、自分と観客の悲しみや苦しみを音楽に乗せて、リズムとメロディの向こうに連れて行くんだって。風みたいに、ずっと遠くへ。
そんなことを思い浮かべながら、あたしは日が昇るまでメモを片手にギターを爪弾いていた。
<第9話 おわり>