第9話 風をあつめて(3)
それから数分後、あたしたちは学校の中庭でお茶会用のガーデンテーブルを囲んで座っていた。
「おめーら、あの演奏聞いてどう思ったにゃ?」
ムニャ子先輩の問いかけに、あたしたちは互いの顔を見合わせる。なんか先生と生徒みたいな構図だ。
「えっと……すごかった、です」
「ええ、素晴らしかったですね。エルフとは違う音楽……人間の音楽の粋を感じました」
ヘルガちゃんとアリアが口々に褒めそやす。生まれた頃から聞き慣れてるあたしでさえちょっとショック受けるぐらいだから、二人にはインパクト大きかっただろう。その横で美玲は一人、しみじみと目を閉じてウンウンうなづいていた。前世でも、いいライブ見た後はいつもやってたやつだ。
「腰が引けてねーのはアリアだけみたいだにゃ」
「へ?」
首を傾げるあたしの前で、ムニャ子先輩はバシッとテーブルを叩いた。太鼓奏者だけあって、最小の力でデカい音を出すのが上手い。
「おめーら、びびってんじゃねーにゃ。特にカリン!」
「はっ、はい」
「あーしらの音楽引っ張ってんのはおめーだろにゃ。おめーがナヨナヨしてたら格好つかねーにゃ。背筋伸ばせにゃ!」
猫背のムニャ子先輩に言われるとなんか釈然としない。
言いたいことはわかる。あたしだって、アリアのために負けるわけにはいかないってわかってる。わかってるけど……。
「……でも、ムニャ子先輩だってジェミマに憧れてるならわかるでしょ。あの演奏にはちょっとやそっとの練習じゃ追いつけないって」
「当ったり前だにゃ。追いつけねーから必死こいて走るんだにゃ」
「だけど! 一週間しかないんだよ!?」
思わず声が荒くなってるのに気付いて、ハッとする。
あたしは自分でも思ってた以上に焦ってるらしかった。もともと自分の演奏には自信なかったし。アリアの歌や美玲とムニャ子先輩の演奏で底上げさせてもらってるとはいえ、演る曲はあたしの曲だ。
――したくなくても、想像しちゃうんだ。あたしがデカいステージでドヤ顔で演奏してさ。大勢の観客が白けた顔でボーッと見てて。その顔を見た途端、あたしも思い知る。自分が異世界を揺るがすロックスターなんかじゃないってこと。あたしが、アリアを救うヒーローなんかじゃないってこと。自分がただの……ただの凡人だって思い知らされる瞬間。
「……師匠」
顔を上げると、アリアが目の前にいた。アリアはあたしの手を両手で包みこんで言った。
「私は何度でも言います。あなたの音楽は、この世界のどんな音楽よりも素晴らしいと」
「アリア……嬉しいよ。嬉しいけど……」
顔のドアップに耐えられないのもあって、つい顔を逸らす。
アリアはいつでもあたしを褒めてくれる。でも、今回聞かせる相手はアリアじゃない。アリアだけに刺さっても、たくさんいる聴衆に響かないと意味がないんだ。
「……チッ。しゃーねぇ奴だにゃ」
「ムニャ子先輩?」
「あのにゃ。あーしはこれでも色んな楽隊に誘われてて忙しいんだにゃ。つまんねーと思ったら、とっくに辞めてるっつんだにゃ!」
「えーと、つまり……?」
「だから! おめーの曲もあーしらの音楽も! おめーが思ってるよりスゲーってことだにゃ! こんなこと、いちいち言わせんじゃねーにゃ」
察しの悪いあたしに、ムニャ子先輩は顔をうっすら赤くして怒鳴った。
「……正直、最初はガキのお遊びにしちゃ面白い程度に思ってたけどにゃ。形になってくるにつれて、おめーらのやりたい音楽がわかってきて、なんつーか……ワクワクしてんだにゃ。世界回ってきたあーしが聴いても新鮮で、激しい律動。この国の連中だって聞けば驚くし、揺さぶられるはずだにゃ。それだけの力がある」
「ムニャ子先輩……」
いつも冷めた顔して叩いてるから、そんなに評価してくれてるなんて知らなかった。ムニャ子先輩は照れ隠しもあってか、コホンと咳払いをした。
「もちろん、ここまで仕上がったのはあーしのおかげだけどにゃ! とにかく、たとえ他の出演者が超一流だろうと、あーしらには十分太刀打ちできる武器がある。本番前からあきらめてんじゃねーってことにゃ」
「……持ち味を活かせ、ってことね」
ムニャ子先輩に続いて、美玲もぼそっと付け加える。しれっと言ってるけど多分これ刃牙のセリフだな……。
「わたしもそう思うよ、キャスちゃん。ジェミマさんの演奏も感動したけど……わたし、キャスちゃんの演奏でも同じぐらい感動したし、いつもしてるから!」
ヘルガちゃんまで。なんだか総出で慰められてるみたいで、申し訳ない。
「……みんな、ありがと。あたし、本番近くなって緊張しちゃってたのかも」
そういえば元の世界でも、ライブの前はいつもネガネガしくなってたっけ。今も昔も、あたしは一人で音楽やってるわけじゃない。いつもフラフラしてるあたしを支えてくれる人たちがいて、初めてステージに立ててるんだってこと……時々忘れてしまう。
「まぁまぁ、どんな音楽家だってそんな時があるものさ。そんな日は酒を飲んで寝てしまうに限るよ。うーっ、酒の神に乾杯!」
「ひっ!?」
いつの間にか話にするっと混じってきた声に驚いて、飛び退くあたし。
隣りに座ってたのはいつぞやの覆面酔っぱらい詩人だった。この不審者、どうやって学校の中まで入ってきたのやら。
「わたしたち、未成年なのでお酒はちょっと……」
「なんにゃ、そいつ。知り合いにゃ?」
突然の闖入者に向かって、口々に言うヘルガちゃんとムニャ子先輩。
「詩人さんです。ギオドノーラ……と父は呼んでいましたが」
「うーん、エルフにはそう呼ばれているね。まあ、名前なんてどうでもいいぢゃないか。君たちが楽しそうで私は満足だよ。楽しくなくては音楽ではないということもないが、しかし、嘆きの王ナダ・オライリーのように街一つ自殺させるほどの憂鬱音楽というのも考えものだ」
相変わらず一人でわけのわからないことをくっちゃべっている。せっかくいい感じにまとまりそうな場面だったのに。
「あのさ。こないだはあんたの話で助けられたし、それはお礼言いたいけど……とりあえず学校で酒飲むのやめなよ」
「堅いことを言うねぇ。まぁ、私もここに長居はできぬ身よ。さらば、若き音楽家たちよ! その青くたぎる魂の叫びを、存分に天へと響かしたまえ! らんらんら~♪」
そう言うと、酔いどれ詩人は千鳥足でふらふらと中庭を出て行った。
なんだったんだ……とぽかんとするあたしたちの前に、入れ替わりで別の人物が現れた。いつもの鉄面皮からは想像もつかないような焦り顔のハリエット先生だ。
「くそっ、どこへ……」
「ハリエット先生……? どうしたんですか、慌てて」
「……キャスリーンさん。ここに不審者が来ませんでしたか? 酒を抱えた詩人……そう、今は女の姿をしているはず」
「女かどうかはわかんないですけど、酔っ払いの詩人ならそっちに行きましたよ」
詩人が歩いていった方を指差すと、ハリエット先生は礼も言わずに駆け出していった。
「なんなんだにゃ、あいつら」
「さぁ……」