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第9話 風をあつめて(2)

 翌日は練習をお休みにして、各自休息を取ることにした。みんなそれぞれ学校とか仕事とかあるのに、このところぶっ続けで夜まで練習してたから。

 前は酒場の営業があるから夕方には強制終了だったのだけど、酒場のおっちゃんが大会で料理と食事の提供に駆り出されることになったらしく、その準備のために店を閉めて練習に使わせてくれてるのだ。


「カリンは、今日をどうお過ごしになるのですか?」


 学校から帰ってぼんやりしていると、そわそわしたアリアにそう言われた。

 練習を休みにした最大の目的は、アリアの喉を休ませるためだ。放っておくと歌いまくるので、マエストロの権力を使って今日一日は歌うことを禁じたのだ。どれだけ強靭な喉だって、さすがに毎日歌い通しで調子が落ちてきてるのは毎日聞いてるあたしにはわかる。

 しかし、どう答えたものか。あたしも特に予定はないけど、ちょっと楽器なんか弾いたらこの子は絶対歌いたくなるだろうし。


「えーっと……バンド名考える」

「そうですか……」


 ガッカリした様子のアリアを見て、胸が痛む。一緒にギタリュートで一曲歌ってあげたくなる。

 でもダメだ! 心を鬼にして今日は歌を我慢させなきゃ。きっとエルフの森では毎日好きなだけ歌ってたんだろうけど、ロックの歌唱法はエルフの歌より多分かなり負担がかかってる。好きにさせてたらアリアの黄金の喉がすぐガラガラになるだろう。


「歌詞の方はいかがですか? 書き直すと仰っていた……」

「あー……そうだった。あれも決めちゃわないとね」


 なんの話かというと、『わたここ』『このぬく』に続く3曲目の歌詞の一部を急いで書き直すことになったのだ。

 つい数日前、ムニャ子先輩が唐突に「これどういう意味だにゃ?」と言い出すまで、あたしも美玲も完全に忘れていた――曲のサビがほぼ英語だということに。

 アリアがなんの疑問もなく迫真の声で歌い上げるのですっかり受け入れてしまっていたが、この世界では英語は伝わらない。逆になんでアリアは未知の言語で書かれた歌詞をあんなに完璧に歌えていたのか。『このぬく』は引っかかってたのに……。


「私にできることがあったら、なんでも申し付けて下さい! 先日は、私の歌をとても助けていただいたので、是非お返しがしたくて……」

「そんなこと考えなくていいって。アリアの歌っていうか、あたしの歌でもあるし、つまりはバンドの歌だから」

「でも……何か手伝いをしたいです。歌以外で、あなたの役に立ちたいんです」


 そう言われると、気持ちはわからなくもない。相手に借りばっかり作ってると落ち着かないもんだ。あたしも美玲の家に同棲という名の居候していた頃、かなり肩身が狭かった。炊事洗濯は分担してたけど、なんか美玲が片手間にやる方があたしの十倍早いんだよね……。


「うーん、そうは言ってもなあ。歌詞はあたしが考えるしかないし、困ってることも特に……あっ」

「どうしました?」


 あたしはトコトコとキッチンへ歩いて、テーブルに置かれたパンと干し肉、果物等々を入れた布包みを取り上げ、アリアのところへ戻った。


「それは……?」

「ジェミマの晩ごはん。向こうは今日夜まで練習なんだって。いらないって言ってたけど、やっぱお腹すくかなって」

「カリン、あなたは本当にお母上のことが好きなのですね」


 こっちを見て微笑むアリアに、思わず顔がぶあっと赤くなるあたし。

 ジェミマのことをいじられるのは慣れてない。そりゃ好きだけど。本人にだってそういうの、はっきり言わないし。っていうか昨日の今日でそういう気分になっただけで、いつもはこんなことしないし……。


「私もあの方が好きです。とても優しくて、あなたをいつも気遣っておられて……」

「いや、まぁ、その……と、とにかく! これ届けにまた学校行くからさ。一緒に付き合ってよ」

「学校……? カリンの行っているという?」

「うん。学校にシルフ魔法の練習用の部屋があってさ。そこが音響いいから、ジェミマたちの練習に使わせてもらってるんだって」


 場末の酒場のあたしたちとはえらい違いだ。まぁ、あそこもかなりいい練習場所だけど……。

 それにしても学校の設備使えるなんてどういうコネなんだか。さすがジェミマは顔が広い。


「わかりました。道中何があるかわかりませんので、護衛をさせてください」

「いや、話し相手のつもりだったんだけど……まぁ、いいか」


***


 学校に着くと、すぐに見覚えのある小柄な背中が目に入った。


「あれ? ヘルガちゃん」

「キャスちゃんにアリアさん! どうしたの、こんな時間に」


 ヘルガちゃんは学校の正面玄関の近くで、帰り支度をしているところだったようだ。


「ちょっと野暮用。ヘルガちゃんこそ、まだ学校いたんだ」

「うん。妹が隣の校舎にいるから、ちょっと話してたら遅くなっちゃって……」

「え、妹いたの!?」


 あたしのデカい声にびくっとするヘルガちゃん。初耳で思わず声が出てしまった。今でこそ大事な戦友だけど、ちゃんと話すようになったのは結構最近だから、わりと知らないことあるんだよね……。


「ご、ごめん。初耳でつい驚いちゃって」

「わ、わたしこそごめんね、ずっと言ってなくて……その……」


 二人でぺこぺこ頭を下げ合うのを見て、アリアがきょとんと首を傾げる。


「お二人とも、どうしてそんなに謝るのですか?」

「いや、友達なんだからもっと話聞いとけばよかったなって……」

「わたしも友達なのにちゃんと自分のこと話してなかったなって……」


 あたしは謎の気遣い合戦をしつつ、ヘルガちゃんに事情を説明した。ヘルガちゃんもこの後は暇らしく、ジェミマの練習を見てみたいというので一緒に防音室へ来ることになった。


「……あのね、さっきの話。わたしと妹、双子なの」

「そ、そうだったんだ……」


 内心かなり驚いてたけど、また謝り合いになりそうなのでなるべく軽く相槌を打つ。お互い友達いなかった同士だから、ぎこちないのもしょうがない。


「妹もこの学校に通ってるんだけど、あの子は精霊魔法より論理魔法に向いてるんだって。だから、男の子たちと一緒に別の校舎で勉強してるの」

「へー……」


 論理魔法……よく知らないけど、精霊じゃなくて神様の力を借りる特殊な魔法のことらしい。一般的に精霊魔法は女性の方が得意で、論理魔法は男性の方が得意なんだとか。女は非論理的だっつーのかよって感じでなんか釈然としないけど。


「隠してたわけじゃないんだけど、話す機会がなくって……やっと話せてほっとした」

「あたしもヘルガちゃんのこと知れて嬉しいよ。妹ちゃん、会ってみたいな。名前はなんて言うの?」

「え? あ、あの……ええと……ヘルギ」

「ヘルギちゃんかぁ。名前も似てるんだね。あたしも兄弟とか姉妹欲しかったなー」


 きゃっきゃと話し合うあたしたちの隣で、アリアは歩きながらもボーッと虚空を見ていた。


「どうしたの? アリア。学校の空気、慣れない?」

「その、なんだか……少し落ち着きません。多くの精霊がいるのに、皆静かです」

「ほぇー……精霊が静か……」


 なんかエルフっぽいというか、ファンタジーな感性だ。

 風が泣いている、みたいな……?


「あ……そういえば、前に先生が言ってた。学校の中は結界が張られていて、精霊たちが呪文に反応しやすいようにしてるって」


 ヘルガちゃんが補足説明してくれる。言われてみれば学校にいると外より魔法が使いやすい気がする。でも、少し可哀想にも思える。あたしたちの呪文に従うように、飼いならされた精霊たち。


「…………」


 アリアがふと立ち止まって、口を開いた。

 小さな声で、歌っていた。


「アリア……?」


 喉のことを考えて止めようかと思ったけど、彼女の考えに気づいてそっとしておくことにした。これは精霊たちに向けた歌なのだ。かつての自分と同じように、閉じ込められて利用される者たちのための歌。


「……止めないでいてくれて、ありがとうございます」


 少し恥ずかしそうなアリアに、あたしは小さくうなづいた。結界の恩恵を受けて勉強してるあたしには、もっとやっちゃえとも言いづらくて。でも、アリアの歌で精霊たちに反骨精神が伝わって、明日から校内でちょっと精霊魔法が使いにくくなってたりしたらいいな。



 防音室の前に着くと、部屋の外で扉に耳を貼り付けている二人がいた。


「ムニャ子先輩! と……ミリエラも。何してんの、学校で」


 ムニャ子先輩はシッと人差し指を立てて、顔をしかめた。


「うっさいにゃ。静かに聞け」

「……あんたのお母さん、演奏してるとこ」


 美玲がそう言って、扉の中を指差す。確かに扉の奥からいつものジェミマのリュートの音がかすかに……あれ?

 ――違う。いつもの音じゃない。


「すごい……」


 そう呟いたのは、アリアだった。

 あたしも美玲を少し押しのけて、扉のそばに顔を寄せる。聞こえてくるメロディはいつもの曲。だけど、歌も演奏もテンションがまるで違う。一緒に歌う吟遊詩人仲間たちも、子供の頃にあたしに聞かせてくれたような演奏じゃない。


「おめー、何驚いた顔してんだにゃ。ジェミマさんの演奏ちゃんと聞いたことねえのにゃ?」

「あるけど、こんなに本気のは……」


 扉のはめ込み硝子(ガラス)ごしに、ジェミマの顔がちらりと見えた。生まれてこの方、あたしが見たことのない顔だった。鋭い目つき。いつもあたしやお客さんのことを見ている瞳が、今は音楽だけを見ていた。

 ドラムもメトロノームもないのに、一瞬の遅れもなく連動する四人のリュート。奏でる音色はその一音一音だけでもずっと聞いていられるほど美しい。そして男女の多彩な高音と低音の歌声が交差しながら、徐々に重なっていく。

 酒場で何度も歌われてきた、飲めや歌えやってだけの単純な歌が、今ここでは普遍的な祝祭の歌として響いていた。


 ――勝てない。反射的に、そう思っていた。


「カリン? もう休憩に入るみたいですよ。お弁当を渡さないと……」


 アリアの声ではっと正気に返る。そうだ、そのために来たんだった。

 外からノックしても聞こえないので、タイミングを見計らって扉を開けて中に滑り込む。


「あら? キャスリーン!」

「……ジェミマ。あの、これ」


 上手く言葉が出なくて、あたしは持ってきたお弁当をジェミマの前に突き出した。


「まぁ、お弁当? 急にどうしたの?」

「だって、お腹すくでしょ」


 つっけんどんに言って、あたしは顔を逸らす。

 照れ隠しと思われただろうけど、自分ではその理由をよくわかってた。ジェミマの本気の演奏に打ちのめされたから。自分の音楽が急に子供っぽい、雑なものに思えてきて。メンバーがみんな頑張ってくれてるのに、それでもなお自信を持てない自分のことも情けなくなって。


「ありがとう、キャスリーン。とっても嬉しいわ」


 謎に不機嫌な顔のあたしに、ジェミマは何も聞かずただ笑ってくれた。

 ……何してんだろ。ジェミマのこと、家族のこと大事にしたいと思って、ガラにないことしてみたはずなのに。気付いたら音楽のこと、自分のことばっか考えてる。


「お、キャスリーンちゃんか! 大きくなったなぁ」

「懐かしいわね……小さい頃はよくジェミマの練習、聞きに来てた」

「その仏頂面はいつ見ても変わらねえな、ははは!」


 ジェミマの仲間たちが、陽キャ特有の馴れ馴れしさと朗らかな笑いで歓迎してくれる。生憎あたしは赤ん坊時代から記憶あるから、また別の意味でめちゃくちゃ気恥ずかしい。あたしのオムツ姿まで見てるんだよな、この人たち……。


師匠(マエストロ)の幼少期を知っておられるのですね……! 逸話などありましたら是非お聞かせください!」

「おい……皆さんまだ練習中だろにゃ。出しゃばんじゃねーにゃ」


 アリアの首根っこを猫の子のようにつかんで外へ連れて行くムニャ子先輩。放っといたらあたしの恥ずかしい話全部バラされそうな勢いだったのでありがたい。ただでさえ毎晩ジェミマに聞こうとするのを止めてるのに。


「ジェミマ。用済んだし、あたしたち帰るから」

「あら、もう? じゃあまた夜にね。今日はおみやげがあるから」

「わかった。練習頑張って」


 手を振って、そそくさと防音室をあとにする。

 後ろ手に扉を閉じた瞬間、思わずふぅっとため息が出た。


「……おい」


 顔を上げると、ムニャ子先輩がいつになく真剣な顔であたしを見ていた。 


「ちょっと顔貸せ。作戦会議にゃ」

「作戦会議……?」

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