第8話 ビゼア・ラブ・トライアングル(1)
あたしとミリエラちゃん――美玲は、しばらく黙ってお互いの瞳を見つめた。
その奥に潜むものを探し出そうとして。遠すぎる思い出と、今ここにあるお互いの心。
最初は重ならなかった二つの顔が、少しずつ重なっていく。
こんな目をしてた? ――そう、こんな目をしてた。こんな風に、冷たいふりして熱い目をしてた。
「さっきから睨み合って、なんなんだにゃ?」
ムニャ子先輩の言葉で、ハッと正気に戻る。
「ちょっと出てくる」
そう言ったのは美玲だった。ぽかんとしっぱなしのあたしと違って、美玲は冷静だった。
「え?」
「ほら」
自然にあたしの手を取って、美玲は酒場の外にあたしを連れ出した。
握った手の温度を感じた瞬間、ほんの少し残っていた信じきれない気持ちが溶けて消えていった。この、引っぱられる力の重さ。美玲だ。絶対に、間違いなく。
「……なんで? なんで!?」
「私が知るわけないでしょ。神様かなんかの仕業じゃない? あんたこそ、なんでいるの」
昨日までの無口なクール女子ムーブはなんだったのかと思うような、いつもの美玲。その懐かしい声と口調を聞いて、急にぽろぽろ涙が目からこぼれてきた。
「だって……あたしは死んだじゃん……!」
「そうだね。ほら、これ」
昨日渡したハンカチが、そのまま返ってきた。止まらない涙を染み込ませつつ、あたしは我慢できずに美玲の胴に抱きついた。
「美玲……うわぁ、美玲だ……うわぁぁん……」
「はいはい」
力なく抱きつくあたしの背中を、美玲はぽんぽん叩いた。さすがに昔と匂いは違う。知らない外国の匂いだ。それとも、あたしの鼻が昔と違うのかな。
「……なんで?」
ひとしきり泣いたら、相手が冷静すぎて腹が立ってきた。
「それ、さっき聞いた」
「だって、あたしは死んだじゃん!?」
「それも、さっき聞いた」
繰り返しの台詞ではぐらかそうとする空気を感じて、あたしはぱっと美玲の体から離れた。
案の定、美玲は目を逸らしていた。解散の話を切り出されるちょっと前も、しばらくこんな感じだった。この話題を避けようとしてるんだ。
「美玲も死んだの?」
「…………」
「ちょっと待って。まさかとは思うけど――」
嫌な想像をしてしまう。だって、明らかに年齢が近すぎるじゃん。
あたしが死んでそのままこっちで生まれたとしたら、美玲も同じ時期に――
「あ、あたしの後追いで……?」
「違うよ。まぁ、自殺ではあるけど」
「ちょっと! さらっと言わないでよ!?」
美玲はあきれたようにため息をつく。
こういう仕草も昔と変わらない。昔のように、なんかムカつく……。
「さらっと言うよ。文字通り、もう終わった話だし」
「でも……教えてよ。知りたい」
美玲の人生のこと、知らずにいたくない。最後の時は、恋人同士じゃなかったかもしれないけど。それでも、あたしの人生で一番大事な相手だったんだから。……本人を前にしては言えないけど。
「……ざっくり言うと、だけど」
「うん」
「あんたが死んで1年後。仕事でやらかして、メンタル壊して、辞表出して、その後ふらっと。そんだけ。私の問題だよ」
メンタル壊した理由は、仕事だけじゃないんだろう。まだ目を逸らしてるからわかる。
でも、原因になったあたしがこれ以上追求しちゃいけないのも察した。美玲が今一番言いたくない言葉はたぶん「あんたのせい」だろうから。
「……苦労してたんだね。にゃー子ちゃん、元気?」
「うん。落ち込んだりもしたけど、にゃー子は元気だよ」
「それ魔女の宅急便じゃん」
「通じる相手がいるの最高だわ……」
真面目な話の最中に何やってんだ。やりたい気持ちはまあ、わかるけど。
「私もあんたの一年未来までしか知らないけどさ。にゃー子は幸せそうだったよ」
「そっか……よかった」
あたしは言いながら、ちくっと胸が痛んだ。にゃー子ちゃんの笑顔は簡単に想像できる。きっとバンドの曲とか子供に聞かせながら、幸せになれてるって。
でも、美玲はそうなれなかったんだ。あたしが、いない世界で。きっとにゃー子ちゃんにも相談しなかったんだろう。心配させたくないから。
「もし、一緒に……」
一言口にした時点で、もう駄目だった。
「ごめん」
「謝んないで。だから黙ってたんだよ」
「……んぐっ……ふぃぃえぇ……」
「相変わらず、泣き声醜いね」
「ほっどげ……」
昨日は自分がべろべろに泣いてたくせに。
ちくしょう、二度泣かされたからあたしの負けだ。
「なんなの、ミリエラって……変な名前」
「あんたはキャスリーンじゃん」
「変なの……人生って変なの」
「そういうもんだよ」
知ってる。こういう悟ったようなこと言う時、案外適当に喋ってるって。
それでも……それでも。