第7話 この手の中のぬくもりを(2)
「……って感じの3曲を、大会に向けてやっていきたいと思います」
いつもの酒場に集まったバンドメンバーを前に、あたしとアリアは選んだ3曲を二人で演奏してみせた。何時間もアリアと二人で練習してたから、さすがにもう涼しい顔で弾いてられる。
「カリン、おめーなんで顔赤くなってんだにゃ?」
「えっ……!? な、なってないし」
なってたのか。自覚なかった……。
しょうがないじゃん、もう。
「すごい……最後の曲、素敵だね。キャスちゃんの作る曲って、まるで大人みたい」
「あはは、ありがとヘルガちゃん……」
美玲には「あんたの恋愛観は中学生で止まってる」と散々言われてたから、それを思えば結構嬉しい評価だ。評価してくれたのがリアル中学生の歳なのはともかく。
「ミリエラちゃんはどう? 感想とか」
「…………」
ミリエラちゃんはあたしの声が聞こえないみたいに、ぼうっと遠い目をしていた。
「ミリエラちゃん?」
「……いいと思う」
一瞬はっとしてから、コクンとうなづくミリエラちゃん。どうやらアリアの歌に聞き惚れてたようだ。
実際、アリアの歌のおかげで本来の曲の出来よりも下駄を履かせてもらってるのは確かだ。ロックの伝道師気取ってたあたしより、異世界で育ったアリアの方がよほどロックらしい歌を表現できてる気がする。単純にあたしより表現力高いってのもあるけど……それ以上に、生い立ちのせいか声の芯が強くてすごくタフなんだ。
多分彼女はもし声が枯れきっても、ジャニス・ジョプリンみたいに人の心を揺さぶる歌が歌えるんだろう。上手さとか、声質とかそれだけじゃない……彼女の歌には魂がある。魂を形にして、人の心に叩きつける方法を知ってる。
「それじゃ、選曲は決定だね。今日はあと1時間ぐらい練習できるから、その間にみんなで合わせて曲覚える感じで! ヘルガちゃん、後で一緒に音作りしよ」
「う、うん……!」
エフェクター魔法の組み合わせも、できれば曲に合わせて試してみたい。リバーブの強さとか、歪み具合とか。
やること山積みだけど、めちゃくちゃ楽しい。バンドやってるって感じ!
「あの……カリン?」
「ふぇ? どしたの、アリア」
「えっと、その……なんというか……なんでもありません」
「???」
何を言おうとしたのかよくわからないまま、アリアは顔を逸らしてしまった。
「歌の相談でもしようとしたんかにゃ?」
「ええ、まあ……そのような感じです」
「だったら、こいつに相談しても無駄じゃねーかにゃ。どう考えてもアリアの方が上手いからにゃー」
ムニャ子先輩の言葉に思わずムッとするあたし。そりゃそうだ、誰の歌だってアリアに比べたらクソみたいなもんだよ。わかってるけどさぁ……。
「コホン……何か引っかかってるの? なんでも相談乗るよ」
「いえ! 大丈夫です。アムニャールさんの言う通り、自分で考えてみます。師匠の手をわずらわせるわけにはいきませんから。住む場所から何からお世話になりっぱなしなのに……」
「そんなことないって。まぁ、言葉にしにくかったらまた思いついた時にでも言ってよ」
「……はい」
頼れる女アピールをして、世話の焼ける妹ポジを卒業しなくては。
――なんて打算はともかく、作曲者としてできる限りアドバイスはしたい。一応、ロックを歌うことに関して(だけ)はあたしが先輩なわけだし。
「それじゃ、改めて演奏……あれ? ミリエラちゃんは?」
「どっか行ったにゃ。便所じゃねーのにゃ?」
いつの間にかいなくなったミリエラちゃんの姿を探して周囲を見回すあたし。
早速演奏始めようと思ったけど、トイレなら仕方ない。
「じゃー、とりあえず四人で始めちゃおっか。ムニャ子……じゃなくて、アムニャール先輩」
「おめー、その妙なあだ名もう隠す気ねーにゃ?」
「あ、バレてた……じゃあもういっか。ムニャ子先輩、カウントお願い!」
「あいあい……」
……そうしてしばらく演奏した後。
「ミリエラちゃん……まだ帰ってこないね」
ヘルガちゃんが心配そうにつぶやく。あたしもちょっと不安になってくる。
「お腹でも壊してるのかな」
「お腹が……壊れるのですか?」
流暢に話すけど、たまに微妙な言い回しが伝わらないアリア。
「お腹の調子が悪いって意味」
「ああ、なるほど。人間は大変なのですね」
エルフはお腹壊さないんだ……。
「あたし、ちょっと様子見てくる。みんなはそのまま練習してて!」
「カリン……!」
呼び止めるアリアに軽く手を振って、酒場の裏口に出る。
この世界のトイレ事情についてはご想像にお任せするけど、とりあえず基本的に屋外にあるものである。あと、あたしは学校入ってウンディーネの魔法が使えるようになってかなりホッとした。
「あれ……?」
トイレの扉をノックしても返事なし。開けてみると、誰もいない。
じゃあ、ミリエラちゃんはどこに行ったんだろう? 少しだけ胸騒ぎ。
「おーい、ミリエラちゃーん?」
名前を呼びつつ、周りをうろうろする。
ミリエラちゃんの姿は案外すぐに見つかった。ただし、予想もしない姿で。
「うっ……くっ……あぁ……」
苦しげな嗚咽。木の幹に顔をもたせかけて。
彼女は人目もはばからず泣いていた。いつもの無口な姿からは想像もできない、湧き上がる感情のままに吐き出すような、大泣きだった。
「あ、あの……ミリエラちゃん?」
「!」
声をかけた途端、彼女の顔から血の気が引いたように見えた。
「…………」
「あ……ごめん。邪魔しちゃって……大丈夫?」
「……はい」
ミリエラちゃんはいつもの冷たい顔に戻っていたけれど、その頬には涙がまだ残っていた。
痛々しいその顔をつい放っておけなくて、あたしは立ち尽くす彼女にハンカチを差し出した。
「あの、これ。一応綺麗だから、使って」
「……はい」
ミリエラちゃんは遠慮なく受け取って、顔の涙をささっと拭いた。
「えっと……話、聞こうか?」
「なんの?」
「泣いてた理由とか。話したくなければいいんだけど」
「…………」
少しは落ち着いたのか、彼女は隣の木に背中をもたせかけてため息をついた。
「なんでもありません」
「いや、なんでもないって泣き方じゃなかったでしょ」
強情に言い張るミリエラちゃんに、ついこっちもちょっと嫌味な言い方になる。
「もしかして、アリアの歌のせい?」
「……」
声には出さなかったけど、ぴくっと眉が動くのが見えた。たぶん図星なんだ。
あたしはミリエラちゃんの横に並んで、同じ木に背中をあずけた。
「わかるよ、そういうの。あたしも音楽聞いて急に涙腺刺激されたりするもん。特にアリアの歌みたいに、胸にぶっ刺さってくるような音楽はさ。聞いてるだけで昔の思い出とか、言葉にできない気持ちとかが頭にぶわーっと湧いてきて、おかしくなりそうになるんだ」
「…………」
一人で語るあたしを、ミリエラちゃんは冷めた目で眺めていた。
なんか恥ずかしいこと言ってる気分になってきたあたしは、ごまかすように笑う。
「あはは……まぁ、子供のあたしが何偉そうに言ってんだって感じだけど。とにかく、泣くのは全然恥ずかしいことじゃないよって言いたくて」
「確かに、あなたはよく泣いていそうですね」
「えっ」
いきなり辛辣。いや、こっちの方がミリエラちゃんの素なのかもしれない。今まで遠慮して黙ってただけで。
「……あなたの言った通りです」
「あ、泣いてた理由? やっぱアリアの歌?」
「はい。故郷のことを思い出しました。昔、愛した人のことを」
「あ……あいしたひと!?」
タメかちょっと下くらいの少女の口から、大人びた言葉が飛び出したので思わず面食らう。いや、10代の子供だって恋愛の一つや二つするだろうけどさ。
「えーっと……ミリエラちゃんって、あたしと同じぐらい? だよね?」
そういえば一度もちゃんと聞いたことはなかったので、念のために確かめておく。
すると彼女は、くっと苦笑いのような曖昧な笑みを浮かべた。
「どう思いますか?」
それだけ言い残して、ミリエラちゃんはさっさと酒場の中へ戻っていった。
「……えっ?」
謎めいた問いかけに心乱されながら、残されたあたしはぽかんと口を開けたまま、彼女の背中を見送った。
……あの見た目で、実は30過ぎとか?
それは……うらやましいな。いや、あたしも同じようなもんだけど。
その日の練習はお互い手探りのような感じで終わった。
新しい曲に手を付けたばっかだし、それはまぁしょうがない。そもそも結成してまだ一週間だし、ロック未経験のミュージシャン集めてそれっぽく演奏出来てる時点で大したもんなんだから。
――と思ってたんだけど。
「おい、カリン」
帰り際、ムニャ子先輩が声をかけてきた。いつも練習終わるとさっさと帰っちゃうビジネスライクな猫だったのに。
「はい?」
「今日の練習、どう思ったにゃ」
「えーっと……いきなり新曲やらせたにしては上出来?」
ムニャ子先輩はあきれたようにフンと鼻を鳴らした。たぶん馬鹿にされている。
「あーしらは自分でなんとかするけどにゃ。そっちはおめーがなんとかしとけにゃ」
「そっち? ……どっち?」
あたしの質問を無視して、ムニャ子先輩はさっさと酒場を出ていった。
要するに、あたしの腕がまだヘタクソってことだろうか。いや、でもそれはいつものことだし。何かあたしの気づいてないことがある? だったら、はっきり言ってくれりゃいいのに。
「ど、どうしたの? キャスちゃん」
「うーん……わかんない」
なんだろう。はっきりしない胸騒ぎ。
結局聞けてないアリアの悩みの話。泣いていたミリエラちゃん。
何か、もやもやする……。
「……まぁ、いいや。音作りしよっか」
「どんな風に変える? わたしも自分でいろいろ試してみたから、要望があったら前より細かく調整できると思う」
「変えるっていうか、曲によって音を切り替えたいんだよね。いつものゴリゴリした音だと、最後の曲にはちょっと合わないからさ」
「最後の曲……『この手の中のぬくもりを』だね!」
「う……曲名、言わないで」
もっとオシャレなタイトルにしとけばよかった。いつも思いつかないから、結局歌詞の一部そのまんまになっちゃうんだよね。今になって後悔……。
「確かに、あの曲にはもっと夢みるような音がいいよね」
「夢みる音……」
「柔らかい感じがいいのかな? 歪みを弱めて、響きを深くして……」
少女趣味だなぁ。でも、確かに曲の感じとアリアの声には合ってるのかも。あたしの感性だと、結局みんな同じようなカラッカラの音になっちゃうし。それにしてもヘルガちゃん、音に対する感性の成長ぶりがめざましい。
「一緒に素敵な音にしようね!」
「うん、ありがとうヘルガちゃん。マジ助かるよ」
そんな感じで音作りに集中していると、後ろからアリアがちょんちょんと肩をつついてきた。
「あの……」
「どしたの、アリア」
「私、先にお家に帰っていますね」
「あ、うん! 気をつけてね!」
酒場の出口に歩きながら、たびたびこっちを振り返るアリア。ぱたぱた手を振ると、にこっと微笑んで頭を下げる。かわいい。異次元級の美人のくせに、あんなフワフワした仕草できるの反則でしょ。
「キャスちゃん」
「ん?」
「アリアさんのこと好きなの?」
静かにつまびいていたお手製ピックが指から弾け飛んで、ギタリュートがパキッと異音を立てた。そっとヘルガちゃんの顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「やっぱり! わたし、応援するよ! エルフと人間の恋なんて、冒険小説みたいで素敵……!」
「……そんなバレバレだった?」
「うーん、他の人はわからないけど。わたし、音の確認のために演奏中はずっとキャスちゃんの方を気にしてるから。それで、気づいちゃったんだ」
あたし、そんなにアリアのことガン見してたのかな……してたかも。
「だ、黙っててくれる……?」
「もちろんだよ! だって……だって……と……」
「と?」
「友達だからっ!!」
意を決したようにそう言って、顔を真赤にするヘルガちゃん。
……そういえば、ヘルガちゃんから友達って言われたの初めてかも。あたしとしては、勝手に巻き込んで一方的に友達ヅラしちゃって悪いなとか思ってたけど。ヘルガちゃんも、ちゃんと友達って思っててくれたんだ。
長く生きて麻痺しかけてたけど。『友達』って言葉の重み、友達いない青春時代を二度過ごした者として、よくわかる気がした。ヘルガちゃんがなかなか言えなかった気持ちも。
「うん。友達だよ。ありがとね、ヘルガちゃん」
「こ、こ、こちらこそだよ! きっとその恋、叶えてね!」
「なはは……」
笑いではぐらかしつつも、あたしはちょっと嬉しい気分だった。叶うかどうかはともかくとして、応援してくれる人がいるってのは嬉しい。それが友達ならなおさら。