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第6話 グッド・バイブレーション(3)

 ジェミマが呼び出した新メンバー候補が到着した頃には、もう日も落ちて暗くなっていた。

 ヘルガちゃんは門限があるとのことで先に帰ってしまった。スマホでメールしてサクッと会えない世界の悲しさよ。とはいえ、今日のうちに顔を合わせられたのはジェミマの行動力と顔の広さのおかげ。


 酒場に集ったその二人は、急に呼び出されたせいかそれぞれ不機嫌そうな顔をしていた。


「ジェミマさんと演奏できると思って来たのに……なんで、このアムニャール・フォントコペット様が子供の相手なんかしなきゃならねーんだにゃ」


 一人は猫耳獣人の女。見た感じあたしよりちょっと上。こう見えて太鼓の達人らしい。

 ……それにしても、どっかで聞いたような喋り。猫型の獣人はみんなこんな口調らしいけど、誰かさんを思い出してほっこりするなぁ。かわいい。


「何ニヤニヤしてんだにゃ? キモいにゃ」

「いや、別に……」


 この雑に扱われる感じもなんか懐かしいなぁ……にゃー子ちゃん、今頃どうしてるかなぁ。

 子供もそろそろ高校生かぁ。結局、男の子か女の子かも教えてくれなかったなぁ……結婚式も呼んでくれなかったし……美玲は呼んだのに……。


「……ニヤニヤしながら涙目になってるにゃ。なんなんだにゃ、こいつ」

師匠(マエストロ)は彼女の心に宿る崇高な音楽的理想を具現化できることに歓喜しておられるのです」

「おめーもなんなんだにゃ……」


 そんな感じで友好を深めるあたしたち三人をよそに、もう一人の候補者は部屋の隅でじっと様子を伺っていた。


「…………」


 浅黒い肌の、痩せた小柄な少女。たぶんあたしよりちょっと下。

 ターバンみたいな布を頭からかぶってて目しか見えないけど、瞳は綺麗な緑色。自分の背丈より大きなコントラバス?みたいな楽器をじっと抱えて立っている。


「えっと……あなたは、名前なんていうの?」

「……ミリエラ」

「へー、綺麗な名前だね。その楽器、なんてーの?」

「……ヴィオール」


 そっけなく言って、すぐに目を逸らす。

 照れ屋さんなのか、呼び出されたことにキレてるのかはわからない。


「おーい、マエストロ様。いつまでお喋りしてんだにゃ。演奏するならさっさと終わらせるにゃ」

「あ、はい。目新しい音楽だから、最初はちょっと面食らうかも……」

「まー、大丈夫だろにゃ。こちとら太鼓一つで世界中の音楽家と演ってんだにゃ。子供のお遊びなんか余裕で合わせられるに決まってるにゃ」


 にゃー子ちゃんと違ってダイレクトに失礼な猫だな……。

 まあ、自信に見合った腕があるかはこれから見せてもらおう。


「そんじゃ、えっと……曲教える時間はなさそうなので。まぁ簡単に弾いてみるから、テキトーに合わせてみてください! アリアはそこで聞いててね」

「はい!」

「ひっでー指示だにゃ……」


 文句を言いつつ、自前のボンゴっぽい太鼓を構えるアムニャール……なんちゃらペット。まあ、ムニャ子でいいか。年上だからムニャ子先輩で。

 ムニャ子先輩は不機嫌そうな顔をしつつも、尻尾はすでにリズムを取って左右に揺れている。根っから音楽が好きなんだろうな。常時ビジネスライクだったにゃー子ちゃんとは真逆だ。


「ミリエラちゃんも、それでいい?」

「…………」


 無言でうなづくミリエラちゃん。

 とにかく、一緒に演奏してみるしかない。相性が合うかどうか、それできっとわかる。


「さてと……シルフェよ、この声の届く者は我が言葉にて踊れ……」


 ヘルガちゃんがいないので、暇な時間に教わった簡易歪み魔法を使ってみる。歪みは弱いし音もぺなぺなだけど、とりあえずロック感は伝わるだろう。

 二人は増幅なしの生音だから、合わせて音量は小さく。それぐらいのアレンジはあたしだってできるのよ。


「……よし。じゃ、ワン・ツー・スリー・フォー!」


 勢い任せにかき鳴らす。とりあえずシンプルなブルース進行の即興ロックンロール。このノリがなんとなくで伝わればいいんだけど。


「…………」


 ギィ……と、ゆっくり響き出す深い音。

 意外にも、先に食いついたのは無口なミリエラちゃんだった。ひと通り聞いてキーを把握すると、弓を引いて低音で合わせ始めた。

 洗練された、綺麗なベースライン。こんな若いのにすごいなー。彼女も異国から来たって聞いたけど、この世界にもこんな優雅な音楽文化があったんだなぁ。


「いい感じ、いい感じ!」

「…………」


 ミリエラちゃんはチラッとこっちを見てからまた目を逸らし、淡々と演奏に没頭する。でもまだしっくり行ってないのか、音に迷いがある感じ。

 ……そりゃそうか。ロックベースってもっとなんかバキバキした感じだし。弾き方とかも違うみたいだし。


「んー……まだ、ようわからんにゃ。なんにゃ、この変な音……」


 一方、ムニャ子先輩はまだ様子見という感じで、本当に適当にぽこぽこと一定のリズムで小太鼓を叩いていた。まあ、あたしが適当にやれっていったんだけど。


「もっとこう! ガッガッって感じでお願いします!」

「はぁ? それじゃなんも伝わんねーにゃ。だる……」


 と言いつつも、ちょっと激しめにリズムを強調して叩き始めるムニャ子先輩。この人、見た目と言動のわりにめちゃくちゃ真面目だな……。

 でも、やっぱり音が足りない感じは否めない。そりゃまあ、ロックのドラムってスネア?(硬いやつ)とかバスドラ?(でかいやつ)とかシンバルとか色々あって、すごいたくさん音出せるもんなぁ。ミリエラちゃんのベースもだけど、道具がサウンドに追いついてないって感じだ。


「……んむ。要は、もっと直線的なんかにゃー……四拍子……切れ目を強調して……間はあんま凝らんほうがいいにゃ……」


 余裕そうだったムニャ子先輩が真顔でぶつぶつ言うのを見て、心配になるあたし。でも、ムニャ子先輩はひとつ深呼吸するとすぐに顔を上げた。


「これでどうだにゃ?」


 ニッと笑って叩き始めたのは、ズッタンズズタンとどっかで聞いたようなリズム。

 ……これ、8ビートだ。いわゆるロックの定番パターン。

 太鼓の中心と端をうまく使って、高音と低音を使い分けて。何も説明してないのに、ムニャ子先輩は本能的にこの音楽に合うリズムを探り当てたんだ。大口叩くだけのことはある。


「それ! それっす!」

「うっせーにゃ。演奏に集中しろにゃ」


 照れてる、照れてる。

 これはマジでいけるかもしんない。優勝とかはともかく……このメンツでバンドは、やれる。


 それぞれ安定してきたところで、あたしは手を上げて一旦演奏を止めた。


「二人とも感じつかめたみたいなんで、これをちょっと速くやっていっすか?」

「速くって、どんぐらいだにゃ?」

「2倍」

「は?」

「2倍で」


 顔をしかめるムニャ子先輩をよそに、再び勢いよく弾き始めるあたし。久々のバンド演奏でテンション上がって、どうせならパンクがやりたくなってしまったのだ。

 ぶつくさ言いつつポコポコと爆速テンポで叩いてついてくる先輩。問題はミリエラちゃんだ。素早く弓を左右に動かしてついてくるが、ちょっと無理がありそう。


「…………」

「さ、さすがにキツイ? ミリエラちゃん」


 一瞬、ミリエラちゃんがこちらを睨んだ気がした。

 ――と思った途端。


「…………平気」


 そう言って、ミリエラちゃんがクールに弓から手を離した。

 褐色の指先がすっと弦を走り、勢いよく跳ねる。響き出す、弾けるような強い低音。


「これって……!」


 驚きながらも演奏を続けるあたし。指を使ったミリエラちゃんの奏法は、元の世界のベースの弾き方によく似ていた。たぶんムニャ子先輩と同じように、ロックのリズムに合わせて変えてくれたんだ。確かに、こっちの方が音も速さもしっくり来る。


 そうして、あたしたちは少しずつ互いの音を調整していきながら、酒場に響く雑多な音を一つの塊にしていった。

 たぶん腕前はあたしが一番下手くそ。でも、二人が支えてくれるおかげで伸び伸び弾けてる。ブレないリズムのおかげで、一人で弾いてる時とは比べ物にならないぐらい気持ちいい。


「……すごい」


 アリアがつぶやくのが聞こえた。

 あたしも正直驚いてた。初対面で、しかも二人はロックの演奏自体初めてなのに。こんなにも心を重ねて、一つの音楽を、心底楽しく作り上げられてる。アリアとのデュエットとはまた違う高揚感と一体感。もうちょっと軽くて、心より体が動くタイプのわくわく。


 まだまだ行けそう――と思ったけど、そこでストップがかかった。


「おい! 店開ける時間だ。帰れ」


 酒場の店主が、うるさそうに耳をふさぎながら壁をゴンゴン叩いていた。

 いつの間にかそんなに経ってたのか……。


「うぁ……ごめんなさい。すぐに椅子とか戻しますから」


 二度目の人生でやっと大人相手に媚びを売る技術を身につけたあたしは、敬語で謝ってぺこっと頭を下げる。店主のおっさんはいつもの仏頂面でうなづいて、ぼそっと言った。


「お前ら、音がでけえ。窓から外まで聞こえたぞ」

「あ、そっか。割れたまんまなんだっけ……」


 ヴィシアドルが窓を壊していったから、防音の魔法も不完全になってたんだろう。もうちょい音量下げときゃよかった。


「だが、ま……演奏は悪くなかったな」

「!!」


 予想外の褒め言葉に、思わず固まるあたし。

 この酒場は昔から、色んな音楽家が集まる場所だ。店主のおっさんもかなり耳が肥えてるはず。そのおっさんが褒めてくれたってことは、自分に酔いがちなあたしの妄想じゃなくて本当にいい感じだったんだ。


「……えらそーなおっさんだにゃ」

「ええ。『悪くなかった』というのは、あまりにも安い褒め言葉です」


 不満げなムニャ子先輩とアリアの二人。これぐらいの称賛は、日頃から褒められ慣れてる人には物足りないのかもしれない。贅沢な奴らだぜ。


「小さなことからコツコツと、だよ。この調子で仕上げていけば、もっとすごいことできるはず。それで大会で優勝して、王様の心もガツンと揺らして、そんな感じで天下を取る!」

「…………」


 ミリエラちゃんの冷めた目線を感じつつ、拳を振り上げるあたし。アリアの拍手と、ムニャ子先輩のため息が聞こえた。あたしはあたしで、贅沢な夢見過ぎか……。


「ってことは、あーしらは採用ってことでいいんだにゃ?」

「はい! 最高のヴァイブスだったっす!」

「……何言ってるかわかんねーし、その気持ち悪い口調さっさとやめるにゃ」


 年上を敬ってたつもりだったけど、お気に召さなかったか。わがまま猫だなぁ。


「了解。じゃ、今からタメ口で。えーっと……逆に二人はどうだった? あたしと、この音楽を演奏してみた感想。一緒に、大会に出てくれる?」


 少し緊張しつつ、聞いてみる。演奏中は楽しそうに思えたけど、口で聞かなきゃわからない本音もある。


「んー……ま、思ったよりは面白かったにゃ。一ヶ月ぐらいなら付き合ってやるかにゃ~」

「…………」


 ミリエラちゃんもコクンとうなづく。よかった、これで本当にバンド結成だ。こんなにトントン拍子に進むと思ってなかった。


「じゃあ、ミリエラちゃんにムニャ……アムニャール先輩、とりあえず一ヶ月よろしく! アリアの歌が入ったら、もっともっと熱いから、期待してて!」


 盛り上がるあたしに、ため息をつくムニャ子先輩。


「エルフより、心配なのはおめーだにゃ。マエストロ様」

「えっ、あたし!?」

「フラフラ速くなったり遅くなったり、おまけにこんな単純な曲で何度ミスってんだにゃ。あーしらがガチガチに固めてんのに目立つおめーがその調子じゃ響くもんも響かねーにゃ。本気で優勝狙う気なら、みっちり練習してもらわねーとにゃ」

「うっ……」


 そりゃ下手なのはわかってたけど。異世界の民にロックを教え導くつもりが、なんかすでに逆になってるような……。


「……練習、付き合う」


 無口だったミリエラちゃんがぼそっとそう言ってくれるのを聞いて、思わず抱きつくあたし。


「ありがと~! あたし、頑張るよ!」

「…………」


 無言であたしを片手で突き放し、ため息をつくミリエラちゃん。仲良くなれた気がするけど、まだそこまでの距離感ではないか……異国のお香のいい匂いが鼻に残って、なんだか心地いい。


「よし! じゃあ、明日の夕方、またここで集合!」

「わーったにゃ」

「…………ん」


 それぞれに生返事をして、楽器を片付け始める二人。

 その間にあたしはアリアと一緒に酒場の椅子とテーブルを並べていく。ファンタジー世界の木製家具は、工業製品よりも大体重くてゴツい。


「……師匠(マエストロ)

「ん?」

「さっき、演奏しているあなたは……とても楽しそうでした。心から」

「へへ……うん。ずっとやってみたかったから」


 照れてはにかむあたしに、アリアはずいっと顔を近づけてきた。


「あとで、私とも歌ってくださいね。部屋に帰ったら」

「ん、もちろん! 小声でね」


 もしかして、ちょっと嫉妬されてる……? とか考えながら、うなづくあたし。なんであれ、やる気があるのはいいことだ。あたしも負けないように練習しなきゃな。

 ――なんて考えながら、椅子をマイクスタンドに見立ててガタガタ揺らすあたしの後ろで。


「……やっと、見つけた……香凜」


 ミリエラちゃんが小さくこぼしたそのつぶやきは、あたしの耳を通ったものの、その意味までは考えることがないまま、頭から抜けて消えていった。


<第6話 おわり>

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