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第6話 グッド・バイブレーション(2)

 翌朝。ひとまず襲われる心配がなくなったアリアを家に残して、あたしは学校へ来ていた。他に何が出来るでもないし、いちおう学生だし。


「キャスちゃん!」


 机に着くなり、ヘルガちゃんの興奮した声。


「どしたの、朝から……あたし、寝不足で頭が……」

「ご、ごめんなさい。でも、今すぐ伝えないとと思って!」


 ヘルガちゃんはそう言って、一枚のチラシを机の上に置いた。

 何やら楽器の絵が描いてある。


「えっと……イザーラン国立大学主催、ホーカポス記念音楽会……?」


 音楽会。この世界で生まれてから、初めて聞く言葉だ。

 『イザーラン』――つまりこの国は建国以来、ずーっと軍事中心の国家だった。らしい。前も言った通り、音楽といえば進軍のラッパか酒場の詩人の歌ぐらい。


「へー、こんなことする余裕あったんだうちの国……」

「ここ、見て。『優勝者には国王陛下の手から記念のメダルを授与される』って! つまり王様に会えるんだよ、キャスちゃん!」

「王様……?」


 目を細めて、じっとチラシの文字を見る。確かにそこにはヘルガちゃんの言う通りの文言が書かれていた。


「これで優勝すれば、国王に会えて……直談判して戦争を止められるかも、か……むむむ……」


 あたしのつぶやきを聞いて、勢い100%だったヘルガちゃんの声が不安げになる。


「……キャスちゃん、怒ってる?」

「え? あ、違うの! ありがと、ヘルガちゃん」


 ヘルガちゃんは何も悪くない。確かにこれは多分唯一のチャンス。ただ……0だと思ってた可能性が1になった途端、あたしが本能的にビビっちゃっただけ。

 元の世界で音楽やってて、一度も賞なんか取ったことないし。対バンしたって、相手のバンドに集客でも盛り上がりでも勝てたことなんかない。声援も喝采も知らないんだ。あたしはまばらな拍手しか知らない。

 そんなあたしが、アリアの人生背負ってステージに立っていいのかって。でも――


「やるっきゃないんだよね。可能性がちょっとでもあるなら」

「わ、わたし、全力で手伝うから! アリアさんのために!」


 そんな感じであたしたちが青春してると、不意に鋭い声が聞こえてきた。


「……そこの二人。静かに」


 いつの間にか、席の近くにハリエット先生が立っていた。

 その顔つきは明らかに不機嫌だ。


「あのー……まだ休み時間、ですよね?」

「本校の生徒として学ぶ以上、日頃から気を引き締めていなさい。こんなものにうつつを抜かすなんて……」


 ハリエット先生は机の上のチラシを見て、顔をしかめた。クールでドライな美女だと思ってたけど、こんなに感情を見せる先生は初めて見る。しかし、美人は何やっても絵になるなぁ。


「浮ついた催しだけでも風紀を乱すというのに、よりによってホーカポスのごとき罪人を祭り上げるとは……大学も落ちたもの。陛下も何を考えておられるのか……」


 ぶつぶつ言いながら、ハリエット先生は教壇へと歩いていった。


「……なんかあったの? あの人」

「えっと……ハリエット先生、前の戦争で従軍していた時に詩人ホーカポスと直接会ったことがあるって言ってた。五歌聖の一人に会ったなんてすごいよね」

「へー……」


 過去の因縁ってやつかな。怪しいな……さっきの執着ぶり、ゴシップの香りがする。

 ――いや、今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。


「とにかく、この音楽大会出場に向けて作戦会議しよっか。学校終わったら、うちで集合ね」

「うん、わかった。えい、えい、おー……だね」

「えい、えい、おー……」


 先生に聞かれないよう小声になりつつ、あたしたちは気合を入れあった。


***


 そして、放課後。

 あたしの狭い部屋にはちぢこまった四人の女たちが集まっていた。


「……なんでジェミマもいるの?」


 ニコニコしながら隣に座った母親を見て、顔をしかめるあたし。


「キャスリーンにこんなにお友達ができたなんて、嬉しいんだもの」

「こんなにって、二人だけじゃん……」


 これが漫画とかでよくある「過保護な親がうっとうしい」ってやつか……昔の親じゃ味わえなかったむずがゆさだ。


「えっと、今話した通り、アリアさんが自由になるためには、お父さんが仰られていた『この国の戦争を止める』という条件を満たさないといけません」


 真面目に司会進行してくれるヘルガちゃん。この子がいなかったら、マジであたしたちなんもできてなかっただろうな……。うーん、子供に頼る大人たち。


「そのためにはどうにかサルゴン国王陛下とお話をしなきゃいけなくて……だから、この一ヶ月後の音楽大会で優勝しなくちゃいけないんです。ここまでは、いいですか?」


 うなずく一同。アリアはまだ責任を感じてるのか、頭の動きが重々しい。

 やや暗い空気の中、ジェミマがふぅ~と軽いため息をつく。


「大変なことになっちゃったわねぇ~」

「ノンキな声出さないでよ、ジェミマ。深刻な状況なんだってば」

「いえね……その大会、私たちも出ることになってるのよ」

「えっ!?」


 母親がいきなりぶっこんできた情報に、思わず声を上げるあたし。


「『たち』って……誰かと一緒に出るの?」

「ええ、昔からの音楽仲間数人とね。お世話になった恩師の方が、大会を盛り上げるために私たちにも出てほしいって言われて、断れなくって……」

「そんな……! それじゃ、勝ち目ないじゃん!」


 アリアの超絶歌唱はともかく、あたしの演奏技術はジェミマや同業者たちには比べられるレベルでさえない。ヘルガちゃんの歪みサウンドのインパクトがあっても、それだけじゃ本気のプロ相手には勝てない。


「王様が見ている以上、私たちも変な演奏はできないわ。まあ、お仕事だからどっちにしても手は抜かないけど……」

「うぅ……そうだよね。となると、うーん……」


 いっそ、アリアだけで歌ってもらうとか。なんなら、その方が勝ち目はある気がする。


師匠(マエストロ)……顔を上げてください」

「え……?」


 頭を抱えるあたしを慰めてくれるのかなと思ったら。

 アリアは満面の笑みで、窓の外をビシッと指さした。


「これは、むしろ最高の機会ではありませんか! 師匠(マエストロ)の生み出した新たなる音楽が、ついに世界に明かされる時なのですよ。勝利はすでに確実です。人間の王ごときが、あなたの奏でる脅威の調べに抗うことなどできるはずもありません」


 なんか別方向に振り切れてる……「脅威の調べ」って褒め言葉のつもりだろうか。


「アリア……」

「私も、全力であなたの歌を表現してみせますから!」


 ま、落ち込んでいられるよりは気が楽か。あたしたちを心配させないための空元気でもあるんだろうな、多分。


「……ジェミマ。ちょっとお願いしていい?」

「ええ、なんでも言って。このままだと悪いお母さんみたいだもの」


 アリアのデカすぎる期待、というか妄想はひとまず置いとくとして。

 それでもなんとかあたしたちが優勝を狙うにはどうすればいいか。


「音が足りないんだ。一緒に演奏できる人がもっと欲しい。あと二人。太鼓と、低音の弦楽器。誰か知り合いにそういう楽器弾く人いない?」

「太鼓に……低音……ふん、ふん……」


 あたしの要望を聞くと、ジェミマは記憶をたどるように目を細めながら、何度かうなづいた。


「そうね、何人か思い当たるわ。女の子のほうがいいわよね?」

「別に、腕さえよければーー」


 そう言いかけて、一緒に座ったアリアとヘルガちゃんを見る。

 おっさんだとヘルガちゃんが怖がるし、若い男がアリア相手に変な気起こしても困るな。


「……いや、やっぱり女の子で」

「だと思ったわ♪ 連絡してみるから、ちょっと待っててちょうだい」


 そう言って、ジェミマはトタトタと部屋から出ていった。なんか誤解された気がするけど、まあいいか。


「新しい仲間……」

「新しい人間……」


 それぞれに不安そうな二人を眺めながら、あたしはふぅとため息をついた。

 思ったより早くなったり、結局親頼みだったりはしたけど――これでとうとう、バンドが組める。この世界の最初のロックバンドが。

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