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第6話 グッド・バイブレーション(1)

「……おやすみなさい、カリン」

「おやすみ、アリア」


 暗い部屋の中。あたしたちは一つのベッドに横たわって、声をかけ合った。

 こちらに背を向けるアリアの温度と匂いを嫌でも感じてしまう。

 ……嫌ではないけどさ。


(眠れるわけないじゃん、この状況……)


 今日は一日、いろんなことがありすぎた。

 急にアリアが家に来て、一緒に暮らすことになった――と思ったら暗殺者の父親が襲ってきて。どうにか父親を追い返した後、改めてジェミマと家族が一人増えたって話をして。

 予想通りジェミマはあっさり受け入れてくれたけど、アリアは昼間のこともあってずっと申し訳なさそうな顔をしてた。


(責任感じてんだろうな、やっぱ)


 それから寝る時間になっても、アリアが床で寝るとか言い出して、お客様なんだからベッドで寝てよってあたしも意地になっちゃって。結局こんな感じで狭いベッドで二人寝ることになってしまった。

 ただでさえ背高いのに、無理して狭いとこにうずくまって。新しいベッドが必要だな。毎日これじゃ二人とも寝不足になりそうだ。


(アリアの背中……おっきいな)


 昼間のことを思い出す。

 殺されそうになったあたしを必死で傷だらけで守ってくれた背中。

 泣きそうなくらい頼もしくて、息が止まるほど格好よかった。


(孤独でやせっぽちのエルフだと思ってたのに。助けてあげるつもりが、助けられまくって……)


 無意識に、右手が目の前の背中に伸びそうになってる事に気づいて、慌てて手を引っ込める。

 ……何してんだよ、本当に。色気づいてる場合かよ。この子の人生、狂わせといてさ。

 あたしは……どうして、こうーー


「……カリン」


 アリアがぽつりとつぶやく声。

 あたしはなるべく平静を装って「ん?」と聞き返す。


「ごめんなさい」


 声の震えでようやく、あたしは彼女がずっと泣いてたことに気づいた。それを見せないために背を向けていたってことも。あたしは、大馬鹿だ。


「いいんだよ。大丈夫……大丈夫だから」


 あたしはジェミマが小さいあたしにしてくれたみたいに、アリアの肩をそっと抱いて軽くさすってあげた。

 考えなきゃいけないことはたくさんあるけど。今は細かいこと全部置いとこう。この子が誰よりも一番不安で、心細いに決まってるんだから。自分を責めたりなんかさせちゃいけない。


「なんとかなるよ、全部。だから、今は何も考えずに眠ろ。一緒に」

「……はい」


 アリアはふと、肩にかかったあたしの手を名残惜しそうにそっと握った。


「……こうしていても、いいですか」

「うん、いいよ」


 内心の動揺を抑えながら、あたしは優しくうなづいた。

 それから子守唄に、小声でビーチ・ボーイズをちょっとだけ歌ってあげて。ノリが良すぎるかなと思ったけど、アリアはよっぽど疲れてたのかすぐにスゥスゥと寝息を立てていた。


「おやすみ、アリア」


 『バンドは恋愛厳禁』か……。

 片思いなら、いいよね。


***


 さかのぼること、数時間前。

 ガラスの破片が散らばった酒場の中で、あたしはヴィシアドルの発した突拍子もない難題に思わず素っ頓狂な声をあげていた。


「戦争を、止める……!?」


 アリアを森から解放するために、『起こり得ぬこと』を起こしてみせろ……とは言うものの。いきなり本当に起こり得なそうなスケールのでかい話を出されて、さすがに頭がついていかない。


「私は、長老たちから二つの命令を受けている。一つはアリアノールを奪還すること。もう一つは、森の外の不穏なシルフの動きの原因を突き止めること」


 シルフの不穏な動き……そういえば、アリアがさっき話していた。そもそも森を完全封鎖するって話も、それが原因なんだっけ。なんか変な音が聞こえたとか。


「! 不穏な……って、まさか……」

「ヘルガちゃん? どしたの?」

「だって、この辺りで起きたシルフの不穏な動きって……わたしたちの、あの時のことじゃ……」

「あの時……? えっ……えっ!?」


 まさか。あたしたちが最初に鳴らしたオーバードライブ魔法の暴走のことか。

 っていうかよく考えたら他にない。なんで今まで気づかなかったんだ、あたしは。


「あたしたちの魔法が、エルフの森が封鎖された原因ってこと!?」


 ――でも、だったら戦争がどうこうってのも全部誤解で、封鎖も必要ないのでは?

 そんなあたしの疑問を先回りするように、ヴィシアドルが口を開く。


「やはり、あの『音』はお前たちか……だが、あれはただの結果に過ぎん。シルフたちに呪文が伝播し暴走したこと自体、平時なら起こらぬこと」

「だったら、なんで……」

「それが、戦争だ。この国の王は各国との休戦の約定を破り、すでに次の戦の準備をしている。終わりのない、長い長い戦争の準備を。シルフたちはその不穏な気配に影響され、不安定になっている」


 そうだったのか。でも……それを聞いて、どうしろっていうんだ。

 あたしたちはただの学生と居候エルフだ。国王なんて顔も知らない、名前もうろ覚え。コネなんかあるはずもない。あったとしたって、そんな戦争好きのヤバい奴にラブアンドピースなんて訴えてどうなるわけもない。


「拒否するか? ならば、アリアはいかなる手段でも森に帰す。私が死ねばまた次の者が来る。森が閉じられようと、お前の足下に同族の血で海ができるまで、それは続く」

「……拒否するなんて言ってないよ、まだ」


 一瞬、しそうになったけど。

 あたしは退けない。背中にアリアの手が触れたから。


「やってやろうじゃん。矢でも戦争でも、止めてやろうじゃん!」


 ……我ながら、自信ゼロのくせにでかい口叩いたもんだ。

 戦争止めてやる、なんてビッグマウスで有名なリアム・ギャラガーだって言わないよ。ジョン・レノンでさえ俺が止めるとまでは言ってなかった気がするし。

 でも、言っちゃったからにはやるしかないのだ。

 アリアのために。つまり、あたしのために。

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