第4話 財布からっぽブルース(3)
記念すべきエレキ一発目の曲は、自分でもびっくりするほど適当に作ったこの曲。
その名も『財布からっぽブルース』。
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金ない金ない金ない金ない
金ない金ないマジ金ない
どうせ空っぽの財布なら捨てて
空手駆け出すのさ助走つけて
資本主義社会からの強制脱獄
夢見てあおる大五郎
何もない部屋 誰もいない部屋
心ない言葉 情けないザマ
落ちてゆく どこまでも
ああ金、金、金、金、金がない!
(以下、飽きるまで繰り返し)
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酔った勢いで描いた最低の歌詞。ラモーンズ丸パクリのコード進行。
なのでライブで演奏したことはないが、簡単な上になんか気分がアガるので練習曲としてよくスタジオで弾いていた。思い出深い内輪ネタソングなのだ。
「ああ……金がなぁぁぁいっ!!」
気持ちよく歌い上げて、荒々しく響くギタリュート・サウンドの余韻に浸りつつ右手を高く掲げる。この世界にロッカーがあたし一人しかいない以上、今だけはあたしが世界の頂点に立つロックスターなのだ。
やれる。あたしは、この世界でロックができる!!
「すごい! キャスちゃん、すごいよ!」
パチパチ手を叩くヘルガちゃん。そういえば歌を聞かせるのは初めてだっけ。この子マジでなんでも褒めてくれるから好き。
調子づいたあたしは、自信たっぷりにアリアの方を向いた。曲はともかく、音は完璧にロックだったはず。
「どう!? カッコいいでしょ、この音!」
「…………」
……あれ?
「わかりません……わかりません、私……私は、この音……」
アリアは――戸惑った顔をしていた。
「……き、気に入らなかった?」
「なんだか……恐ろしいです。シルフが、私の知らない猛り方をしている……」
う……思ってた反応じゃない。
あたしの曲を気に入ってくれたなら、エレキの音も好きになってくれる気がしてたんだけど。確かに、それとこれとは別物だし、あたしの勝手な押しつけだったのかな。
「えっと……ちょっと、抑えた方がいい、かな……? キャスちゃん」
「んー……」
不安げにこっちを見るヘルガちゃん。あたしも返す言葉が見つからず、無言でうなる。
アリアはあたしたちの反応にハッとして、慌てて頭を下げる。
「あ……! 申し訳ありません、師匠! 私ごときのような、音楽の真髄を知らぬ愚か者が、あろうことか音楽の神の化身たるあなたに不敬な言葉を……」
「いや、いいから! 思うこと正直に言ってよ!」
実際、正直に言ってくれた方が助かるんだ。あたしは別に音響のプロじゃないし、バンド時代も音作りが特に上手いわけでもなかったし。アリアの歌に釣り合うためには、試行錯誤を繰り返さなきゃいけない。
……まぁ、ちょっとがっくりはしたけどさ。
「すみません。本当に、聞き慣れないのです……この音。胸がざわついて……」
「確かに、いきなりちょっと過激すぎたかも。ごめんね、なんかあたしの自己満足に突き合わせちゃって」
――なんとか、やり直さなきゃ。
今までずっと自分のためにギター弾いてたけど、これはあたしのための音じゃないんだ。アリアのために、アリアが歌って気持ちいい音じゃないと。
「えーっと、歪みを一旦弱くして、リバーブかけてソフトな感じに……」
「り、りばーぶ……?」
困惑するヘルガちゃん。そうだ、まだ歪みの魔法しかないのに無茶言ってしまった。
「ごめん、なんでもない! じゃあ、とりあえず……普通の音で」
「あ……」
申し訳なさそうな顔のアリア。あたしもつい、そんな顔になってしまう。
初の音合わせでお互い空気読み合いになるこの感じ……ちょっと不安。
美玲たちとバンド組む前、メンバー集めに何度もいろんな人と演奏してみたけど、その時の気まずい空気を思い出す。なかなかノリが合わなくて、やりたい曲も、出したい音も噛み合わなくて。
……あたしとアリアも、そんな風だったらどうしよう。
もしも。偶然一曲、バチッとハマっただけで。
これからいろんな曲とかやっても、上手く噛み合わなかったら――
「そのまんまがいいよ」
突然。
悩んでるあたしの背後から、知らない声がした。