第4話 財布からっぽブルース(2)
15分ぐらい後。
ヘルガちゃんとアリアのシルフ談義は速攻で白熱し、いつの間にかあたしだけ置いてけぼりになっていた。
「な、なるほど……! 呪文の問題ではなかったんですね!」
「はい。シルフたちは互いに影響を受けやすいので、最初に隔離しておくことが大事です。シルフ全体にではなく、最初に声を聞いた者だけに伝わる符丁を用意してください。そうすることで、短い間だけ彼らをイルゥーフ、つまりあなたの精霊として使役することができるはずです」
「そっか、音を歪める力がシルフたちに伝播してしまってた……つまり、魔法をかけるシルフたちを限定しておけば、歪める力はそのままで、音はそのまま音としてだけ伝わる……」
何言ってるのかよくわからないが、大人っぽく頭良さそうに喋るアリアが新鮮だ。
あたし以外の人間相手ならこんな普通に喋れるんだなぁ。
「それにしても、とても感心しました。共用語での詠唱は初めて聞きましたが、なめらかで響きもよい詠唱です。節回しなどは、伝説の詩人ホーカポスを思わせるほど。それに、師匠の斬新な発想を具体化する頭の柔らかさも、エルフにはないものです。人間の魔法使いも捨てたものではないことがよくわかりました」
「そ、そんなそんな……! わたしなんて、まだまだ……」
言語の問題なのか微妙なラインのナチュラル差別発言が混じってた気がするが、まあ、ヘルガちゃんが嬉しそうだからツッコまなくていいか。
「……えーっと、それで、上手くできそう? ヘルガちゃん」
蚊帳の外でいるのが寂しくなってきたので、話がまとまったところで口を挟んでみるあたし。ヘルガちゃんは慎重ながらも、静かな自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「うん……とりあえず、試してみる。アリアさん、もし何かあったらお願いします」
「任せてください」
思った以上に肝の座ったやり取りを交わす二人に、言い出しっぺのあたしがちょっと引く。特にヘルガちゃん、目が職人の目だよ。
「じゃ、じゃあ……弾いてみるよ。お願い、ヘルガちゃん」
「うん、始めるね。シルフェよ、この声が届くならば……我が言霊にてともに歌わん……」
ヘルガちゃんが改良版の歪み呪文をぶつぶつ唱えるのを聞きながら、あたしは指の準備運動にぴろぴろとギタリュートを軽く弾く。
「師匠、それはなんですか? 何かの爪、でしょうか?」
あたしが新しい道具を使ってるのを見て、アリアが興味ありげに覗き込んできた。
「あー、これね。木片削って作ったんだ。ギャンギャンかき鳴らすには指だと物足りなくてさ」
そう言って、あたしは指に挟んだ水玉型の小さい木板をひらひらさせる。
要するに、自作のギターピックだ。エレキギターは金属弦だから木片じゃもろすぎるけど、リュートの弦はガット弦……つまり動物の内臓で作ったやわらかい弦だから、たぶんしばらく使えるはず。
「これで弦を弾く……のですか?」
「うん。まあ、とりあえず聴いてみてよ! めっちゃカッコいいから!」
「はい、師匠……!」
黄色い声を背中に受けながら、麻紐で作ったストラップでギタリュートを肩にかけ、すーっと深呼吸する。
よし。この肩の重さ。昔から、これを感じる瞬間いつも自然と背筋が伸びるんだ。
いつも自分はどうしようもない人間だと思ってた。何も出来ないし、周りに迷惑かけてばっかりで。だけどアンプを背にしてギターを下げた瞬間、そういうウジウジした気持ちが全部吹き飛んでいく。
そして今は、ヘルガちゃんがあたしのアンプだ。
……こう言うと、なんか人間扱いしてないみたいで語弊あるな。つまり、勇気を与えてくれる存在ってこと!
「ヘルガちゃん」
ちらっと目を向けると、ヘルガちゃんがぐっと親指を立ててくれた。
あたしの合図、覚えてたんだ。
「いくよ……!」
とりあえず適当なコードで、ジャッ!と一気に弦をはじく。
酒場の狭い空間に、きゅっと締まったいい感じのオーバードライブが響く。
いい音だ。この前よりずっといい。
「これ、これ! いい感じ!」
ホッとした顔で笑うヘルガちゃんを見つつ、試しに勢いよく何度かかき鳴らしてみる。
アリアの助言が効いたらしく、強めに弾いても今のところ音が暴走したりハウったりする様子はない。こんな短い時間で呪文の改善ができるなんて、ヘルガちゃんマジで才能あるんだなぁ。
でも、まずは試運転。どこまでやれるか限界を試してみないと。アリアと一緒に演る前に、腕鳴らしもしたい。
「とりあえず、軽く一曲弾いてみるね。それで音の調整してみてくれる?」
ま・か・せ・て、と口をパクパクさせて伝えてくれるヘルガちゃん。この子、もしかして他人の演奏中は声出しちゃダメだと思ってるんじゃなかろうか。別に喋っていいよって教えてあげないと。
……いや、なんかかわいいからこのままにしとくか。
「よっし……ワン、ツー、スリー、フォー!」