第4話 財布からっぽブルース(1)
それからだいたい1時間後。
あたしと、ジェミマのやや大きい服を着て毛布を頭からかぶったアリアと、休みの日に急遽呼び出されてビクビクしているヘルガちゃんの三人が揃った。
場所はとある近所の酒場。主人のおっさんがジェミマの昔なじみで、昼間はどうせ暇だからと店を練習用に貸してくれたのだ。
一見普通の酒場なのだが、昔から音楽家がよく集まるのでどっかの魔法使いに依頼して、特別製の防音設備になってるらしい。って、ジェミマがこの間言ってた。
ここならいくら歌っても聞こえないし、シルフも外に漏れないはず。
「あ……あの……その……えと……その……」
挙動不審にぶつぶつ言いながら、すみっこで震えるヘルガちゃん。
見知らぬ酒臭い店に呼び出され、見知らぬ大女と並ばされ、お嬢様っぽい育ちの彼女にはだいぶ限界なのだろう。
「大丈夫、ヘルガちゃん。怖くないよ!」
「あ……うん。あ、へへ……うん」
まあ、怖いよね。地下のライブハウスに迷い込んだ中学生みたいなもんだ。いや、ライブハウスのほうがだいぶ綺麗か……この世界にしちゃ悪くない店構えなんだけどね。
一方のアリアは、興味津々に周りを見回していた。森で数百年暮らしていた彼女にすれば、何もかも目新しいのだろう。ちょくちょく外に出てたにせよ。
それからアリアの目は、すぐ隣のヘルガちゃんに向いた。
「あの、こちらの方は……?」
「ヘルガちゃん。魔法学校のあたしの友達」
「まあ! ヘルガさん、師匠と仲良くしていただき大変ありがたく思います」
くっ……このエルフ、さっきまであたしの膝で泣いてたくせに保護者ヅラして。
言われたヘルガちゃんは、輪をかけて混乱した様子であたしを見る。そりゃそうだ。
「まえすとろ……? えっ、キャスリーンちゃんのこと?」
「話せば長いけど、そんな感じ……」
あたしは溜め息をつきつつ、間に立ってアリアのことも紹介する。
「えーっと、彼女はアリアノール。色々あって、うちで匿ってるエルフ。でも、秘密だから誰にも言わないでね」
「うん、わかった……そうだよね、エルフが森を出るなんて初めて聞くし……」
案外あっさり受け入れるヘルガちゃん。
エルフの閉鎖的な暮らしは、わりと世間では常識なのだろうか。
「今日は、ちょっと三人で一緒に演奏してみようと思うんだ。アリアの歌と、あたしたちのギター……的な演奏で! きっとすごいことになるから!」
「キャスちゃん、それってまたあの時みたいに、シルフの魔法で音を歪めるってことだよね。大丈夫、かな……?」
不安げなヘルガちゃん。確かに、先週みたいな爆発的轟音が起きたら、店ごと吹っ飛ばしかねない。今度は逃げ道もないし。
しかし、あたしには秘策があるのだ。何しろ、今は隣にシルフ専門家がいるのだから。
「大丈夫! だって、アリアがいるんだから!」
「私……ですか?」
「そう。あたしたち、シルフ魔法でリュートの音を変える実験してたんだ。でも、なんか音が大きくなりすぎちゃって……アリアなら、きっと何が問題かわかると思って」
「! 魔法を……」
アリアの瞳が普段と違う感じに見開かれる。
こう言うと語弊があるけど、いつもよりちょっと知的な感じ。
「それは、とても素晴らしい試みです。精霊と親しい私たちの間でも、新しい魔法を生み出そうとする者はほとんどいません。ああ、師匠……! あなたは常に、挑戦と開拓を続ける音楽家なのですね!」
「いや、あたしはイメージ伝えただけで、本当に実行したのはヘルガちゃんだから……」
助けを求めるようにヘルガちゃんを見ると、彼女も似た感じに目を輝かせてこっちを見ていた。
「そうなんですよ! わたしも、キャスリーンちゃんはすごいと思います。全然誰も思いつかなかったようなことを思いついて……」
「……ヘルガさん、あなたは素敵な、聡明な方ですね。さすが師匠のご友人」
「そ、そんなことないです……! わたしなんて……!」
……なんかやりづらいな、この空気。褒められるのは嬉しいが。
あたしが話を進めないとこのまま延々と保護者会みたいな会話が続きそうな気がする。
「えーっと、二人とも。挨拶はそのぐらいで。とりあえず呪文聞いてもらおうよ、ヘルガちゃん」
「えっ、で、でも恥ずかしい……エルフの方にわたしなんかの……」
「大丈夫だって! ほらほら、めったにない勉強の機会!」
「う……確かに……」
勉強、と聞いて少し目が輝くヘルガちゃん。
だんだんこの子の扱い方がわかってきたかもしれない。
「聞かせてください、ヘルガさん。私も、とても興味があります」
「うぅぅ……」