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第3話 レベル・ガール(1)

 ――それから一週間後。

 またあの音でギタリュート(命名した)を弾きたい気持ちをぐっと抑えて、あたしはほとぼりが冷めるまで大人しく過ごしていた。


 例の事件の噂は、街にもすっかり広まっていた。隣国からの攻撃だとか、自国の軍事演習だとか、魔法学校の危険な実験だとか……色々な憶測が流れはしたものの、物的な損害がなかったせいか(よかった……)それほど大きな事件にはならずに済んだようだ。

 事件を知っているであろうハリエット先生には何度も疑いの目で睨まれたが、幸い本格的にバレてはいない模様。美人に冷たい目で睨まれるのは嫌いじゃないので、それもそれで悪くはない。


 そんな平和だったある日。

 休日をのんびり過ごしていたあたしの元に、我が母ことジェミマがちょっと困った顔で玄関から走ってきた。


「ねえねえ、キャスリーン? ちょっといい?」


 もともと普段からちょっと困ったような顔をしてる人なので、本当の困り度がわかりにくいのが困りものだ。

 娘のあたしが見るに、今は多分そこそこ困っている。しゃーない、助けてあげよう。


「なにー。どしたのー」

「これ、なんだかわかるかしら?」


 寝そべったベッドからのそのそと起き上がるあたし。

 ジェミマの手に乗っていたのは、一本の矢だった。


「……矢」

「そうよねぇ、やっぱり見間違いじゃないわよねぇ」


 ジェミマはため息をついて、矢を手の平で前後に転がした。


「どしたの? これ」

「扉の前に刺さってたのよ。でも、今は戦争もお休みだし、どこから飛んできたのかしらって……」

「あ、ちょっと待って。なんかついてる」


 矢尻の根元に何か結び付けられているのに気づいたあたしは、それを注意深く取り外した。丁寧に畳まれたそれは、どうやら何かの紙みたいだった。


「手紙かな? 文字が読めないけど……外国語?」

「あら、違うわ。これは共用語よ。字がちょっと汚いだけ」

「えっ。なんでわかんの。こんなへろへろなのに」

「だって、あなたも子供の頃こんな字を書いてたもの」


 ぐっ……前世の記憶があっても、言語が違うんだからしょうがないじゃん。

 これでもちゃんと0歳から言葉を学び直したのだ。英語に近い感じだったから、結構覚えるのは楽だったけど。脳みそも若いしね。


「矢文なんて、なんか物騒~。どっかの流れ矢かな」

「宛先を読んでみましょう。人違いだったらお届けしないとね。ええと……我が敬愛する師匠(マエストロ)様?」

「!!」


 アリアだ。そういえばあの子、物騒な森のエルフなんだった。


「あっ、それ、あたしの知り合い!」

「あなたのって――キャスリーン、あなた、お友達ができたの!?」


 驚くとこが違う。

 ……まあ、心配してくれてんだろうけどさ。


「えーっと、友達っていうか、学校の……先生だよ。あだ名が師匠(マエストロ)で。うんうん。その人宛てだと思う」

「あら、学校の先生? 確かにそれっぽい呼び名ねぇ。じゃ、あなたに任せるわね」


 そう言うと、ジェミマは矢を持って外へ歩き出した。


「あれ、どこ行くの?」

「この矢、危ないから誰かにあげちゃうわ。いい細工だし、鍛冶屋さんかどこかで欲しい人がいそうだから。お留守番、お願いね」

「はーい」


 我が親ながらフッ軽だなあ。

 その背中を見送って、扉に鍵をかけてから、あたしはパタパタと自分のベッドに戻る。

 アリアが矢文まで使って何を伝えたいのか、確かめなければ。


 字は壊滅的に下手だったが、幸いジェミマも言う通りじっくり見ればちゃんとした共用語の字だった。読めないことはない。


「えーっと、なになに……『火急の事態にて、かような礼を欠く手段でご連絡差し上げたこと、誠に申し訳なく存じ上げ候』。武士か、あの子」


 一人でツッコミつつ読み進めていく。

 というか、冷静に考えたらそもそもなんでうちの住所知ってるんだろう……怖い。

 シルフ使って調べたんだろうか。完全にストーカーじゃん。ミザリーみたいになったらどうしよ。


「うーん、途中は単語が難しくてわからんな……こういうのは最後だけ読めば大体わかるんよ」


 家に誰もいないと、独り言増えるよね。


「『……よって私、アリアノールは明朝をもって森を出奔し、二度と帰らぬことを決意いたし候。ついては明日、これをもって今生の別れとすべく、ご挨拶に伺いたく……』」


 ちょっと待った。森を出奔? 今生の別れ?

 なんかおかしい。思ってたのと違う。


 その時、家の扉をノックする音がした。


「ど……どなたですか?」


 大体わかってるけど、治安の悪い国なので一応確かめる。

 返事はなかった。その代わり、聞こえてきたのはどんよりと濁った溜め息の音。


「……はぁ…………」

「……アリア?」


 薄く開いた扉の隙間からあたしを見た途端、アリアは目を上げてわなわなと震えた。この世の終わりみたいな暗い顔で、まるで別人みたいだ。


「マ、師匠(マエストロ)……! ああ……」

「なんでそんな顔してるかわかんないけど、とりあえず入んなよ。落ち着いて話そ」

「……いえ! 私は……ただ、お別れに……」

「いいから。そんなワケアリな感じで家の前にいられるとあたしも困るんだって」


 別に困んないけど、こう言った方が大人しく聞いてくれるだろう。


「わ……かりました。少しだけ……」


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