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第2話 スーパーファズ・ビッグマフ(4)

「ちょっと、試してみていいかな。音を研ぎ澄ませて、鋭くするような感じで……うん。音を聞きながら調整するから、キャスリーンちゃんはしばらく弾いてみて」

「わ、わかった」


 急に主導権を握られて、気圧されつつぽろぽろと弾き始めるあたし。

 気の弱い子と思ったけど、魔法のことになると案外押しが強くなるタイプなのかも。


「……シルフェよ。この者の指より奏でる音色の高らかなるを汝に願う。震える風は金床の上。空は固き槌となりその風を鍛える。そして何時ら、鍛造されし音を届けよ。疾く鋭く、遠く儚く。その音は鈍き刃なり……」


 ……なんか、あたしと全然詠唱が違うじゃん。「シルフ」の発音まで本格的だし。

 大体の意味さえ通じれば成立するって先生は言ってた気がするけど、やっぱりポエム調の方が魔法っぽくてカッコいいな……。


「ジュズ・ウェインガズ・ハウジャナ……ヒズ・アンスズ・マナズ……」


 ヘルガちゃんが詠唱を終えると、明らかにリュートの音が変わり始めた。

 最初はダブるように。それから少しずつ……歪むように。


「おっ!?」

「……どう、キャスリーンちゃん」


 ヘルガちゃんは両手を広げて魔法に集中したまま、横目でちらりとあたしを見た。


「すごい、いい感じ! うん、かなり近いよ!」

「……よかった。なんだか不思議な感じ……澄んでいた音に、雑音が混じって、濁って……でも、あったかい……」


 ヘルガちゃんは自分の唱えた魔法に酔ったようにとろんとした目で、薄く微笑む。額には少し汗をかいていた。


 ……でも、まだかかりが浅い。クランチって感じだ。カッティングとかしたらカッコいいだろうけど、今は手だから無理。

 どうせならディストーションぐらいの歪みが出せると助かるけど……。


「ヘルガちゃん、もうちょっとだけ効果を強められる? 音をもっと歪めてみたいんだ。そうしたら、もっとあたしの理想の音になると思う……!」


 あたしのワガママに、ヘルガちゃんは無言でこくこくうなづいた。

 まるで、あたしの専属PAさんって感じだ。ごめんね、無給で……。


「シルフェよ、汝の振るう槌はより重く、それを支える金床はより固く。音は潰され、風は歪む。しかし、なおも鋼の如く空を貫かん……!」


 あたしのテンションにつられてか、ヘルガちゃんの即興ポエムも加速する。いつかメタルの作詞を頼んでみたい。


「キャスリーンちゃん、弾いて!」

「おっけ!」


 魔法の発動に合わせて、あたしはリュートの弦を一気にかき鳴らした。こんな弾き方、ジェミマが見たら怒るだろう。でも……止められない!


「!!」


 響いた。

 あの音――腹の底に響く、耳から脳を揺さぶる音。

 あたしの剣。


「この、音……すごい……!」


 ヘルガちゃんが息を呑む声が聞こえる。

 あたしは無言で親指を立てて、「あんた最高だよ」と伝える。ハンドサインは伝わらなくても、あたしの笑顔でわかるはず。


 軽く弾くたび周囲の草がビビッと震えるのに気をよくして、あたしは思わず昔の自分の曲のリフを弾く。

 歪んで溶けた音と音がなめらかにつながる。これよ、これ!

 野原に広がる音像の中で、あたしは支配者の気分だった。音が届くところは全部あたしの世界。誰にも認められなくたって。ここがあたしの王国。


「キ、キャスリーンちゃん……」


 そうして万能感に浸るあまり、あたしは周りが見えなくなっていた。

 焦りで青ざめるヘルガちゃんの顔も。


「キャスリーンちゃんっ!」

「……ふぇっ?」

「シルフの制御が効かない!」


 ヘルガちゃんがそう言った瞬間。

 あたしがかき鳴らしたリュートの音は、空に向かって「ぼっ」と爆発的な轟音を放った。


「……あ……」


 一瞬遅れて、大砲のように草木を揺るがす衝撃波が走る。

 それは野外ライブのステージに載ってるでかいスピーカーでも出ないような、日本でやったら逮捕確実な爆音ディストーションだった。指向性があったおかげであたしたちは無事に済んだけど、正面で聞いてたら確実に鼓膜が破れていただろう。


「あ……お……」


 絶句しつつ、遠くの森から鳥たちがバタバタ逃げ出すのを眺める。

 もしかしてこれ、普通に他国からの攻撃とかだと思われかねないんじゃ……?


「ごめんなさい……! ごめんなさいっ! わたし、詠唱に夢中になってて――」

「ヘルガちゃん、話は後。とりあえず、逃げよう」


 あたしは慌てて荷物をかき集め、泣きそうな顔のヘルガちゃんの手をとって走り出した。幸い誰もあたしたちの姿は見てないはず。人が集まってくる前に逃げないとヤバい。

 ろくでもない青春を過ごした人間が大抵そうであるように、あたしには「今逃げないとヤバい」タイミングを敏感に察知する才能があるのだ。


「ちょ……ちょまっ……キャスちゃ……」

「少しだけ頑張って! 今はマジで逃げないとだから!」


 足をもつらせて転びそうなヘルガちゃんを支えながら、あたしたちはその場から必死で駆け去った。しばらく、あそこで演奏するのはやめた方がよさそうだ。アリアに歌ってあげられないのは残念だけど……。

 そう、またあの子と一緒に歌う方法も考えなきゃ。エレキの音が出せた今、これで本当のロックサウンドで歌わせてあげられるんだから!


<第2話 おわり>

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