第93話 解呪できました
目を閉じて、清浄魔法に集中する。かなりの時間そうしていた。
『よっしゃ、何とかなったんちゃうか?』
チルチルの声で目を開けると、ルイス辺境伯の頬に赤みが差し呼吸が安定していた。
「父上、大丈夫ですか?僕のことわかりますか?」
イーサン様が心配そうに声をかけた。まだぼんやりしているのか、イーサン様の方を見たが反応が薄い。
「初めてお目にかかります、ルイス辺境伯。魔法騎士団長アレックス・アルダールと申します。聖女の森についてお伺いしたいことがあります。私の言っていることがわかりますか?」
「……アレックス…ああ、西の魔女の孫か…腹が立つほど、アレクセイ陛下に…似ているのだな」
「意識がはっきりしてきましたか?」
「ああ、呪いが消えたな…聖女様のお陰か…ありがとうございます」
「いえ、清浄魔法で解けてよかったです。気分は大丈夫ですか?」
「ええ、呪いを受けてからずっと闇の中にいるように苦しかった…今は夢の様に楽です。あの時、伯父を止めに聖女の石碑に近づき、咄嗟に右手を伸ばした…その時に呪いを受けたのでしょう。伯父は聖女の石碑に自分を生贄にして呪いをかけた…イザベラ様に賜った剣で自分を貫き石碑に傷をつけた…今も石碑に剣と伯父の骸が残されています。誰も剣にも骸にも近づくことが出来なかった」
「それで聖女の森を立ち入り禁止にしたのか…魔物はすぐに増えだしたのですか?」
「さすが初代聖女様の封印です。すぐに問題は起こりませんでした。ですが最近になって、呪いの効力なのか、徐々に魔物が増えだしました。辺境伯軍も応戦して抑え込もうとしていましたが、根本的な解決が出来ないため、終わりのない戦いに段々と疲弊してきたのです。王都に応援をと臣下に言われていましたが、呪ったのは伯父です。骸と剣が刺さった石碑を見られれば一目瞭然です。私にはその決断が出来なかった……」
「では、骸と剣を取り除けば呪いは解けるのですか?」
「おそらく…ですが、石碑に近づいただけでこの有様です。辺境伯領にいた呪術師も魔法使いも解呪できなかった。為す術もなく、溢れ出た魔物を倒すだけで精一杯だったのです」
「明日私たちは聖女の森へ入り石碑の呪いを解き、新たに清浄魔法で魔物を封印します。出来れば辺境伯軍も加わっていただきたい。聖女の石碑まで案内を頼めますか?」
「わかりました。僕が案内します。聖女の石碑は子供のころから行っていたので道は知っています。負傷していない兵士は少ないですが、行ける者は加わりましょう」
イーサン様が案内を買って出てくれた。辺境伯軍はずっと魔物と対峙していたため負傷した兵が多いそうだ。
「では、明日の朝に聖女の森の入り口で落ち合いましょう。後のことは討伐が終わってから、陛下が判断されるでしょう。今は体を労わってください」
「不甲斐ない私で申し訳ございません…魔物のこと、伯父と石碑のこと、よろしくお願い申し上げます」
ルイス辺境伯はベッドから体を起こし、深く頭を下げた。イーサン様はそんな父親をじっと見つめていた。
帰りもイーサン様が辺境伯邸の外まで送ってくれた。途中何名かの兵士とすれ違ったが、皆どこか負傷している者が多かった。
「限界でした。このまま私たちは為す術なく魔物に襲われ死んでしまうのだと…大伯父を恨んだこともありました。……父が隠ぺいしようとしたことは、本当に申し訳ありませんでした。そしてありがとうございます。僕ではもうどうにも出来ませんでした」
父親が呪いで弱っていく中、18歳の青年一人で責任を背負い、必死で戦っていたのだろう。よく見るとイーサン様の体もあちこち負傷している。私はそっとイーサン様の手を取り、癒しの魔法をかけた。