第92話 呪いですね
「大伯父はイザベラ様の護衛騎士をしていたこともあり、騎士としてイザベラ前王妃様をずっと敬愛していたと聞いています。僕が小さい頃は、よく大伯父から王妃様がいかに素晴らしいかを聞かされていました」
「前辺境伯、エイダン殿は独身でしたね」
「はい、親族が妻をと何度言っても娶りませんでした。結局独身を貫き、甥である僕の父が辺境伯を継ぎました」
「そうでしたか」
「ここが父の寝室です。どうぞ」
護衛に立っていた人が、さっと扉を開けてくれた。どうやらイーサン様の言う通り、不満を募らせた人たちのようだ。
寝台の上に痩せ細った男性が横たわり、瞳だけでこちらを見た。そしてアレックス様を見て目を見開いた。
「……アレクセイ陛下、どうして…あなたがここにいるのですか?あなたのせいで我が辺境伯領がどうなったか…あなたさえ、あなたさえちゃんとしていたら、伯父は、こんな愚かなことをしでかすことはなかったのに……」
恨めしそうに声を絞り出して、目だけでアレックス様を睨んだ。どうやら記憶が混濁しているのかアレックス様をアレクセイ前陛下だと勘違いしているようだ。確かに祖父であるアレクセイ前陛下にアレックス様はそっくりだったから、衰弱して混乱しても仕方ないのだろう。アレックス様はそのまま勘違いを正さずに会話を続けるようだ。
「何のことかわからないな」
何も知らないことにして、辺境伯から事情を聞くようだ。
「…あなたが、ちゃんとイザベラ王妃を愛していたら…伯父も想いを募らせることは、なかった。あの日…伯父が、イザベラ様の訃報を聞いて…恨みのままに聖女の石碑に…自分ごと剣を突き立てることも……止めに入った、私が呪われることも…なかったのだ…魔物が、魔物が…もう何もかも終わりだ…」
苦しそうに肩で息をしながら、虚ろな目でアレックス様を見た。きっとアレクセイ陛下に言っているのだろう。
「フィーネ…呪いを解呪することは出来るか?」
「やってみないと分かりません。たぶん清浄魔法である程度は…専門的な事はわかりませんが…」
「そうか、このままでは命が危険だ。応急処置でかまわないからお願いできるかい。あとで魔法騎士団から詳しい者たちを派遣するから」
確かにこのままだと、命はすぐに尽きてしまいそうだった。明日に備えて魔力は温存したかったが仕方ない。
『フィーネ、今聖水は持っとるんか?あの聖水やったら症状がましになるはずやで。石碑が呪われてるんやったら、そっちにも使いたいから、ちょっとだけ使ってみ』
チルチルが頭の上からそう言った。サミエル大神官様がくれた聖水がここで役に立つようだ。
『まず、体のどこを呪われてるんか探してみてや。そこに少しずつ聖水を垂らして様子をみてみ』
「わかった。探すね…」
禍々しいオーラが出ている…どうやら本当に呪われているようだ。
「右手、ここが一番禍々しいオーラが」
私は持ってきていたポーチから聖水の瓶を出し、右手にゆっくりと聖水をかけた。禍々しいオーラが周りの空気を震わせた。アレックス様が私の隣に来て、危険がないか警戒している。
『大丈夫や。もう少しかけてみて、様子を見よか』
チルチルの言うとおりに、少しずつ聖水をかけた。禍々しいオーラは少し減ったような気がする。
『よっしゃ、だいぶましになったな。このまま清浄魔法を使ったらいけるんとちゃうか?』
私はゆっくりとルイス辺境伯に清浄魔法をかけた。淡い光が全体を包み込んでいく。
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