第91話 辺境伯に会いましょう
「フィーネ、今いいかい?」
準備をしていると、アレックス様がテントへやって来た。
「はい、何かありましたか?」
「ああ、使者が帰ってきた。どうやらルイス辺境伯はずっと体調を崩しているそうだ。18歳の息子がいるが、指示は父親であるルイス辺境伯がしているそうだ。ただ最近は体を起こすことも出来なくなっているそうで、使者は追い返されたが、秘密裏に息子のイーサン殿が接触してきた。増え続ける魔物に辺境伯軍も混乱しているそうで、この状況を打開したいと思っているところに我々が来たそうだ」
「そうですか、では」
「ああ、イーサン殿の手引きでルイス辺境伯に直接会いに行く。衰弱しているままでは万が一のこともある。もしもの時のためにフィーネにも同行して欲しいのだが」
「はい、わかりました。今からですか?」
「いや、夜にまぎれて行く。黒い外套を用意するから、なるべく動きやすい服装で待っていてくれるかい」
夕食後、テントで待っていると黒い外套を抱えてアレックス様がやって来た。
「待ち合わせ場所まで転移するから、この外套を着て」
少し大きめの外套をすっぽりかぶると、アレックス様が私を抱き上げた。
「念のため抱えて行くよ。どんな場所に転移するか見当がつかないんだ」
そう言って転移魔法を発動して、私たちは待ち合わせの辺境伯爵邸の裏庭に飛んだ。目を開けると、雪が積もった庭の木の陰だった。
「しまった、黒ではかえって目立つな…裏返すか、フィーネ、立てるかい?」
「はい」
アレックス様はさっと外套を脱ぐと、反対を向けて着直した。裏地はクリーム色になっていた。私も同じように着直した。
「この色だと雪の妖精のようだね。可愛いよフィーネ」
そういうアレックス様はまさに氷の魔法騎士だ。女性より綺麗だなんて反則だと思う。
ガサッと木が揺れる音がした。慌てて振り向くとそこに若い青年が立っていた。
「イーサン殿か?」
「はい、アレックス団長ですね。そちらの女性は?」
「聖女のフィーネだ。もしもの時のために同行してもらった」
「聖女…この可愛い少女が?」
「か、可愛い、確かにフィーネは可愛い。じゃなくて、彼女は私の婚約者だから、そこは配慮してくれ」
「失礼しました。想像していた聖女は黒髪黒の瞳だったので…」
どうやら辺境伯邸には初代聖女の肖像画が残っているらしい。チルチルが後で見たいと言っていた。
「今護衛に立っている者は私の幼馴染と今の辺境伯領の現状に不満を持っている者です。私について来てください。父のところまで案内させていただきます」
「わかった。よろしく頼む」
辺境伯邸は全体的に薄暗かった。どこか陰鬱とした雰囲気で少し息が詰まる気がした。イーサン様について階段を上がりふと壁を見ると、そこには大きな肖像画がかかっていた。
「これは……若い時のイザベラお婆様?」
「そうです、前王妃様だと聞いています」