第85話 ケンカは正しく買いましょう
私を護衛していた騎士様がぎょっとした顔で私を見た。私は少しだけ申し訳ないと思いながらも、このケンカを買うことにした。言われっぱなしもなんだか癪に障ったのだ。
「まあ、こ、これは、あの、用はございませんわ。フィーネ様……」
「そうですか、私のアレックス様は忙しいので、今日はこれで失礼してお部屋へ行ってもいいでしょうか?」
「はい、そうですわね。メイドに案内させますわ。食事もお部屋にお持ちいたします。ではわたくしも失礼いたします」
ミュゼット様はそのままそそくさと奥に入って行った。私の隣で騎士様がクックと肩を揺らしているので、きっと笑われているのだろう。後ろで見ていたアレックス様が私の隣へやって来た。
「ごめんなさい。今日泊めていただくお家の方に失礼な態度をとってしまいました」
「いや、君のアレックスだからね。たまにはこんな風に独占欲を見せてくれると、こちらとしては嬉しい限りだよ。アッカーソン伯爵、部屋に行って休ませてもらうよ。ミュゼット嬢には今後このようなことが無いよう言い聞かせておいてくれ。次に私の婚約者を侮辱したら、許すことは出来ないよ」
「は、はい、申し訳ございませんでした。重々言い聞かせます」
焦りながら謝罪をする伯爵には申し訳なかったが、あそこで出なかったらきっとアレックス様が二人を凍らせていたかもしれないし、私もモヤモヤしたままだったと思うので、これで良かったのだと思うことにした。
その後二人で食事をとったが、アレックス様は終始ご機嫌だった。先ほどのことが余程嬉しかったようだ。淑女としては褒められたものではなかったと思うけど、アレックス様が喜んでいるなら、気にしないでおこう。
翌日の朝、見送りに出てこられたアッカーソン伯爵家の皆さんにお礼を言って出立した。ミュゼット様は一番後ろの方で隠れるように見送ってくれていた。
次の転移場所までは馬に乗って移動する。馬車は流石に大きすぎて転移が大変なので今回は馬が中心だ。アッカーソン伯爵家の私兵と周辺の領地から、合わせて50名が加わって150人が次の転移場所へ向かっていた。
「馬には慣れたかい?辛くなったら早めに言ってくれ」
私はアレックス様の愛馬ジョナサンに一緒に乗せてもらっていた。ジョナサンは大きい馬なので二人乗りでも大丈夫なのだそうだ。一人では馬に乗れない私は、誰かと一緒に騎乗するしかなかったが、アレックス様が他の方と乗ることに反対したのだ。
「大丈夫です。次の転移場所は遠いのですか?」
「いや、このまま行けば昼過ぎには到着予定だよ」
「次もどこかに泊まるのですか?」
「ああ、今度の領地にいるご令嬢は大丈夫だよ。会えばわかるよ」
アレックス様は悪戯を楽しむ子供みたいな顔で笑った。転移場所に着き昼休憩をとった後、転移魔法で中継場所へ飛んだ。
「ようこそローゼー子爵領にお越しくださいました。魔法騎士団の皆様を歓迎いたします」
「え、ローゼー子爵領って……」
「いらっしゃいフィーネ」
「リリー、やっぱりここってリリーの?」
「ええ、父のローゼー子爵、母のテレーゼ、弟のジャックよ」
優しそうなご両親と、まだ小さい弟が出迎えてくれた。
「初めまして、フィーネ・スミスと申します。リリアンナ様にはいつもお世話になっています」