第84話 魔王ですか
「集中が切れていますよ。はい、もう一度初めからしてください。正確に、はい、そのまま集中」
ずっと隣で監視されながら、過酷な練習を繰り返したお陰で、かなり精度は上がった。サミエル大神官様が魔王に見えてきた頃、何とか私の清浄魔法は及第点をもらえた。ノア先輩特製の体力回復ポーションがなかったら、乗り切れなかったと思う。
「詳しくはわからないけど、最近王宮内の魔法騎士団がいつもより騒がしい。もうすぐ遠征があると言っていた。フィーネ、言えないのはわかっているけど、危ないことに巻き込まれるなよ。あと、頼まれていた魔物用の薬草。嫌がる匂い玉、眠らせる煙が出る玉、痺れ薬玉。それと人間用に体力回復のポーションを沢山持って行け。俺が作ったから良く効くぞ。危なくなったら必ず逃げるんだぞ」
「ありがとうございます、ノア先輩。頑張って逃げますね」
不安そうな顔のノア先輩を、安心させるように微笑んだ。
「そうだ、お礼してくれるんだよな」
「はい、何ですか?」
「お前のこと抱きしめていいか?」
「へ?」
びっくりしている間に引き寄せられ、強く抱きしめられた。
「絶対に無事に帰って来いよ」
そう言って私を開放すると、ノア先輩はそのまま行ってしまった。
「なんだったの?」
『青春やな』
長距離を数回に分けて転移魔法で移動し、辺境伯領まで4日で着く行程だ。魔石を使って効率的に転移をするそうだ。魔法騎士団を中心に100人ほどの隊になっている。更に、通過する領地から、魔法を使える私兵を加えていくそうで、辺境伯領に着くころには300人ほどの騎士が魔物討伐にあたる。指揮官はアレックス様だ。
1日目の領主の館に着いた。今日はここで泊まるそうだ。アッカーソン伯爵領、100人はさすがに泊まることが出来ないため、野営するそうだ。聖女の私とアレックス様、その他数名が護衛も兼ねて伯爵邸に一泊する。遠征の目的は秘匿だが、魔法騎士団がこれだけ移動しているのだ、アッカーソン伯爵も緊張して対応していた。
ただ、どこにでも空気を読むことが出来ない人はいるようで、派手なドレスを身にまといアレックス様に秋波を送る者がいた。私の護衛についてくれていた魔法騎士団の方たちも呆気にとられている。
「ようこそ、我がアッカーソン伯爵領へ、わたくし長女のミュゼットと申します。よろしくお願いいたしますわ」
アッカーソン伯爵が焦って娘を引っ張った。ミュゼット様はアレックス様の美しい顔を見て益々やる気を見せたが、完全に場違い感が否めない。
「やめないかミュゼット。魔法騎士団はお役目のためにわが領へ寄られただけだ。明日の朝にはここを発たれる。それにアレックス団長には婚約者がいるのだぞ。その様な振る舞いはよせ」
「まあ、そうですの?でもわたくしの方がいいと思うのです。その婚約者様は社交の場にほとんど出席なさらないと聞いていますわ。子爵令嬢ならわたくしの方が家格は上ですし、負けていませんわ」
なんだろう、すごくモヤモヤする。表立ってこんなことを言われたのは初めてだった。学園はほとんど陰口だったから。ここで逃げたら負けだとなんとなく思ってしまった。
「そうですか、家格が上。それがなんだというのです。初めまして、ミュゼット様。婚約者のフィーネと申します。私のアレックス様に何か御用ですか?」