第83話 辺境伯領に行きましょう
「フィーネ。元気だったかい」
久しぶりにアレックス様が家まで来てくれた。疲れ切ったアレックス様をすぐに抱きしめ、癒しの魔法をかけた。そういえば情報部の先輩たちから、私が聖女なのかと聞かれたことがなかった。きっと公にされていることには興味がないのかもしれない。
「癒してくれてありがとう、フィーネ。君の顔を見たら更に癒された」
『けっ』
チルチルが頭の上で、小さく声を出した。
「もう、仲良くしてね、チルチル。それで今日は?」
「ああ、辺境伯領への軍の派遣が決まった。影の情報、情報部の情報、そして前宰相からの証言が決め手になった。フィーネのおかげで迅速に動けたが、君を巻き込んでしまうことになる……すまない、フィーネ」
「はい、覚悟は出来ています。それでいつ発つのですか?」
「5日後だ、先発隊は転移魔法で隣の領地へ飛んでいる。マックスが先に行って後発隊を待っている。状況によっては先に辺境伯領に乗り込むかもしれない。魔物の数が増え続けていて、これ以上はもたないかもしれない」
「そんなに深刻なのですか?あの後も情報部から何度か話は聞きましたが……」
「ああ、辺境伯軍だけではもう無理だろう。現在も救援要請は来ていないんだ。領民は隣の領地に逃げ出しているらしい。こうなってはもう仕方がない、強硬突破で行く。行ってみないと現状がはっきりしない」
「わかりました、5日後ですね。丁度冬休みに入ります。ただ両親には何と言ったらいいのか…」
「そうだな、ここは誤魔化したくない。危険なところに行くのに、騙して連れて行くわけにはいかない。私がちゃんと説明してお願いしよう。陛下から勅命を出すと言われたが、それだと命令になってしまうから」
「はい、私もちゃんと説明します。一緒に説明させてください」
「魔物を封印…確かにフィーネが聖女だとは聞いていましたが…」
「危険ではないのですか?うちの娘が行くしかないのですか?」
父が帰って来て、母を含めて話し合いの席を設けてもらった。弟のロンは先に寝てもらっている。アレックス様の説明に両親は困惑気味だ。
「確かに危険です。魔物が溢れる森に封印の石碑があります。そこへ行って清浄の魔法を使うのですから、でも、私をはじめ魔法騎士団がフィーネを全力で守ります。命に代えてでもフィーネは無事にここへ連れ帰ります」
「アレックス様、命に代えるのは嫌です。お父さん、お母さん、私ずっと悪夢を見てたの。魔物が溢れて人はみんな殺されていく。私が行かずに逃げても、きっといつかここまで魔物は来て、私の大切な人たちも含めて殺されてしまう。だから、今頑張らないとダメなの。どうか信じて送り出して」
「フィーネ、そう、あなたがそう決めたのね。自分の意志で行くのなら、私たちは反対できないわ」
「魔法が使えない俺が行っても足手まといなんだろうな。アレックス殿、フィーネのことをくれぐれも頼みます。武運を祈る」
「はい、必ず守ります」
5日後私たちは陛下に見送られながら、王都を出立した。出立までの間、神殿でサミエル大神官様のもと清浄魔法を強化していた。今までは何となく使えていたが、封印するとなるとそれなりでは意味がない。神殿に残っている書物の中から清浄魔法の文献を探し、サミエル大神官様が指導しながら精度を高めていった。
「現地は魔物が溢れています。結界魔法を張り、その中で清浄魔法を行使する方がいいでしょう。結界は魔法騎士団に任せて、清浄魔法に専念してください。正確に魔力を練る練習をしてください。はい、もう一度」