第7話 婚約なんて聞いていません
アレックス様は緊張した面持ちで、私を見つめる。言えなかったこと?私は首を傾げた。
「あの、つまりだな、君は、私の……婚約者なんだ」
言われた意味が理解できなかった私は、もう一度首を傾げた。今なにか変なことが聞こえた気がした……
「だから、フィーネは私の婚約者なんだ!」
「はぁ??何を言っているんですか?そんな事あるわけないです」
「こら、フィーネ。ちゃんと聞いていなさい」
父が真剣な面持ちでこちらを見た。まさか、本当に……
「事実だ。実はかなり前から婚約していて、フィーネが小さかったから、今までは婚約者として振舞ってこなかった。でも今日君を見て考えを改めた。もしこのまま伝えずに学園に行かせて、そこで君が婚約していると知らずに恋人を作ってしまったら、私は耐えられないと思う。そいつを殺す自信がある」
「……いや、あの、どうして婚約なんて、じゃなくて、殺すのは駄目です。じゃなくて、ああ、どうして?」
「詳しいことは、もう少し後で落ち着いて話したい。ただ、冗談とかふざけたわけではない。真剣に君を守りたいと思ったんだ」
君を守りたい?何からだろう?守りたいから婚約したと言ったアレックス様は真剣だった。でも、初恋の王子様だったアレックス様に守りたいと言われても、私は素直に喜べなかった。
「そうですか、わかりました。恋人なんて出来ないと思いますが気をつけます。あの、疲れたのでこれで失礼します。おやすみなさい」
焦った顔のアレックス様が目に入ったが、見なかったことにして自分の部屋に飛び込んだ。秘かに憧れていたアレックス様が婚約者になった。でも、欲しかったのはそんな肩書ではなかった。目の奥が熱くなる。
トントンと扉がノックされた。
「フィーネ、もう少し俺の話を聞いてくれ。さっきの話で誤解されたまま、君を一人にしたくない」
アレックス様は焦ると言葉遣いが、私ではなく俺になる。外で待っている気配がするので、私はゆっくりと扉を開けた。アレックス様と目が合った。そしてすぐに抱きしめられた。
「ごめんフィーネ。泣かせてしまった。そんなに婚約が嫌だった?」
私は腕の中で首を横に振った。婚約が嫌なんじゃない。
「では、何が君を泣かせているんだ」
「……私は平民です。貴族の方は政略で愛のない結婚をされますが、私はそれが嫌なんです」
「……ああ、そうか、俺がちゃんと君に気持ちを伝えていなかったのか」
私が顔を上げると、アレックス様が目を合わせた。綺麗な顔が間近にあって少し緊張する。
「フィーネ。俺の妖精。俺は君が好きだ。だから君を守る権利を俺に与えてくれないか?」
「あの、私もアレックス様が好きなのだと思います。突然すぎてちゃんとわかっていませんが、それでもいいですか?」
「ああ、今はそれで十分だ。そのうち俺でいっぱいになってくれると嬉しい」
そう言って嬉しそうに微笑む顔を見て、一気に心臓がバクバクと高鳴った。格好いい人の笑顔は心臓に悪い。
「おやすみ、フィーネ」
アレックス様はそう言って私の額にキスを落とした。私は固まったまま真っ赤になった。もう、いっぱいいっぱいだと思います。
あなたに落ちていいのなら、それが許されるのなら、今まであえて考えなかった希望を夢見ていいですか?
去っていく背中を見つめながら、そう心の中でつぶやいた。