第75話 アレックス様にとって大切なもの
その日のうちに話した方がいいだろうと、私はアレックス様に連絡をとった。チャーリーが風魔法で騎士団へ手紙を送ってくれたのだ。返事はすぐに届き、夜には家に来てくれるそうだ。チャーリーも出来るだけ情報を集めてくれると約束してくれて、リリーたちと別れて帰宅した。
机の上には、キャリー先輩が教えてくれた魔物の弱点を書いたノートが置いてある。そして私の頭の上にはぐったりしたチルチルが乗っている。
『だぁーっ疲れたわ、あんなに撫でられたの初めてやわ』
「ごめんね、チルチル。お詫びにこのクッキー全部食べていいからね」
『ほんま、勘弁してや』
そう言って大きくなると美味しそうにクッキーを食べた。魔物研究会の女生徒に先ほどまで撫でられて、少々お疲れ気味である。キャリー先輩の出した条件は、頭の上のチルチルを観察、撫でさせることだった。先輩方の目にはチルチルは小型の魔物にしか見えなかったようで、精霊だと説明することが出来なかったため、チルチルは大人しく撫でられることとなったのだ。
満足した先輩方は、魔物の生態、弱点など知りうる限りの知識を披露してくれた。それをリリーがせっせと書き写してくれていた。それがこのノートだ。魔物と一言で言ってもドラゴンやフェンリルの様に知性を持ったものと、そうではないものに別れるらしい。初代聖女が浄化したのはこの知性のない魔物だったらしい。欲望のままに人を襲う魔物。そんなものが大量に発生したら、人はひとたまりもないだろう。
教えられた知識がどこまで通用するかは、やってみないと分からない。でも、何も知らずに戦うよりは、備える方がいいに決まっている。
扉がコンコンとなったので、扉を開くとアレックス様が立っていた。約束より早い時間だった。
「ごめん、少し早く着いた。フィーネから相談したいなんて滅多にないから、落ち着かなくて早く出てきてしまった。今から話せるかい?」
「はい、大丈夫です。何か飲まれますか?」
「いや、大丈夫だ。先に内容を聞きたい」
「わかりました。では、そちらのソファーにどうぞ」
私はアレックス様に最近見ている夢の話をした。今日占いに行き、そのことを占い、現実として起こりうる可能性があると告げた。その上で、情報部と魔物研究会に協力を求め、明日の放課後にもう一度情報部へ行くことも言った。
「聖女の清浄が穢された……そんな話、聖女の森を管理する辺境伯からは聞いていなかった。それが事実なら、こちらも早急に対処しないといけない。事実だとしてもう一度清浄魔法をとなれば、フィーネ以外無理なんだろう。そんな危険な真似をさせるわけには……」
「私は大丈夫です。このまま放置できないですし……」
「現実的にはそうだろう、でも、俺はフィーネを魔物が徘徊する中へ連れて行くなんて……安全は保障できないんだ。1000年前の規模なら、いつもの魔物討伐の比ではない」
「それでも、私が今の聖女なんです。清浄出来なければ、爆発的に魔物は増え続け、村や町が襲われて人が死んでいくのです。私は毎晩それを夢に見ました。ほっとけるわけないです」
アレックス様は私の手を握って、首を振った。
「それでも、何か違う方法を探したい……君が大切なんだ」
『アレックス、それは無理や。魔物を根本的に弱体化させるんは、聖女の清浄魔法で封印するしかないんやで』
「……私を大切に思ってくれて、ありがとうございます。でも、やらせてください、アレックス様」