第70話 アレックス様がいいです
舞踏会から帰って、母に手伝ってもらってドレスを脱ぎ、入浴してほっと息をついた。まだ腰にコルセットを締めた感覚が残っているようだった。
貴族の淑女は皆、平気な顔で普段からコルセットをしているらしい。普段着ている制服はもちろん、私が着るドレスやワンピースは、簡易的なコルセットや何もつけずに着ることが多かった。
「貴族になるのって大変なんだな……」
『一人で何の話してんねん。そや、わいのご飯は?ずっと髪飾りのふりしてたから、何も食べられへんかったわ』
「あ、はいはい。そこのテーブルにお母さんがチルチル用の夕飯置いていってくれたよ」
チルチルは嬉しそうに大きくなると、テーブルの上のサンドイッチを咥えて食べた。精霊のチルチルは別に食べなくても問題ないらしい。昔サキ様と一緒に食べていた習慣があって、今も何となく食べたくなるそうだ。
『で、貴族がなんやて?』
「いつも綺麗に着飾って、コルセットもして苦しいのに平気な顔でいるのって、大変だなと思って……」
『なんや、貴族になりたないんか。それやったらアレックスやめたらええねん』
「それは……」
コンコンと扉がなって、外からアレックス様の声がした。まだ早い時間だから、舞踏会から抜けてきたようだ。
「遅くにすまない。その後のことが気になっているかと思って知らせに来た。入ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
「……陛下と話をした。陛下はお爺様に聞いていたようでご存じだった。今後は聖女だと隠さなくてもいいからね。陛下が王族の妻に君を求めることはないと言ってくださった」
「そうですか、騒ぎになってないか気になっていました。聖女だと気づかれたのは、本当にうかつでした」
アレックス様は優しく私の頭を撫ぜながら首を振った。
「いや、軽症だったがかなりの出血だった。君が癒してくれたのは間違いじゃないよ」
どうやらミネルバ様は自分で自分を刺したそうだ。ウィリアム殿下と幼馴染で親戚、3度の婚約者は年上だったが、今度こそ自分が婚約者にと思っていたが、ウィリアム殿下はそうは思っていなかったようだ。
咄嗟に殿下の目の前で、内緒で持ち込んでいたナイフで自分を刺したそうだ。女性の力で刺すのは限界があるし、本人も死のうと思ったわけではなく、目の前で傷ものになれば殿下が自分の方を向いてくれるだろうという打算的な犯行だったようだ。
結局私が全部癒やしてしまって、思惑が外れカッとなって突き飛ばされたようだ。そのせいで聖女だとバレてしまったのだから、何とも残念な結果である……
『あの姉ちゃん、ほんま勘弁してほしいで。聖女の癒しをなんやと思ってんねん』
「チルチル、でもね、好きな人に振り向いて欲しい気持ちは、少しだけ分かるから、怒れないよね……」
『恋する乙女は厄介やなぁ』
「……あの、フィーネ、先ほど扉の外にいる時に鳥が……俺をやめたらいいって聞こえたんだが、その、もしかしてフィーネは俺が嫌になって、婚約者を辞めたいと思っているのか?」
「へ?何を?……ああ、それは貴族が大変だと言っていて、アレックス様と結婚すると貴族の淑女になって、その、コルセットが大変だと、あの、」
「コルセット……?」
「あの、苦しいのが嫌だなんて、子供ですみません!我慢して頑張ります!」
「俺でなくて、コルセットが嫌だと言ったのか……良かった、どこか嫌なとこが出来たのかと焦ったよ」
「ええっそんな、アレックス様は素敵です。私にはもったいないくらい、あの、アレックス様がいいです」
「そ、そうか、俺もフィーネがいい」