第6話 準備が良すぎます
預かった鍵で、玄関の扉を開くと吹き抜けのホールになっていた。天井の大きな窓から太陽の光が降り注ぎ、照明が無くても昼間は十分明るそうだ。突き当りの扉が居間のようだ。開けて入ると机の上に間取り図が置いてあった。
「お母さん、間取り図にそれぞれ名前があるよ」
「まあ、もしかしたらもうその名前の通りに荷物があるのかもしれないわね。フィーネ覗いて来てくれる?お母さんは台所を確認しておくから」
「わかったわ。ロン、一緒に二階に上がりましょう」
ホール横に螺旋階段が見えた。ここだけで前の家の広さを越えそうだ。アレックス様は普段気さくに接してくれていたが、私財の一つだと言ったこの家だけ見ても、身分の差をはっきりと感じてしまう。平民の私ではアレックス様には釣り合わない、そう思う自分に少しびっくりした。そんなの当たり前なのに……。
「お姉ちゃん、早くっ早く来て~」
すでに二階に上がっているロンの声に、気を取り直して二階に上がった。廊下を挟んで5つの部屋の扉が見えた。間取り図だと一番突き当りがロンの部屋だ。先に着いていたロンが扉のところで立ち止まっていた。
「どうしたの、ロン?」
「すごく広いし、綺麗だから入っていいのか分からなくて」
部屋を覗くと、そこは男の子らしい緑色の配色でまとめられた部屋だった。奥にベッドが置いてあり、勉強机まで置いてあった。奥の壁にはクローゼットが置いてある。
「すごいね。きっとアレックス様がロンのために用意してくださったんだよ。今日から別々の部屋で寝るんだね。一人で寂しくない?」
今までは、姉弟で一部屋を使っていた。村にあった家は、部屋数が少なかったので仕方がなかった。着替えをするときなど、そろそろ気をつけようと思っていたので正直ありがたい。
「大丈夫だよ。僕も10歳だからね。一人で寝るのも平気さ」
嬉しそうに中に入っていく弟を見送って、自分の名前が書かれた部屋を目指す。ロンの横の部屋だ。扉を開くとピンクと白いレースのカーテンが印象的な、全体的に可愛らしい部屋になっていた。奥にある天蓋付きのベッドには薄いピンクの透ける生地が二重に掛かっている。枕元にはクマのぬいぐるみまで置いてあった。
「すごい……まるでお姫様の部屋ね。勉強机が白……花柄の彫刻入り。クッションがフリルとブルーベルの刺繍入り、この部屋だけでいくらかかっているのかしら……」
金額を気にするなんて、やはり私は所詮庶民なのだわ。平民と貴族の間には、越えられない壁があるような気がした。友人だと思ってくれているのに、自分から壁を感じるなんて贅沢よね。
そのあと夫婦の部屋と書かれた部屋を覗いて、ベッドが一つだったと母に報告したら、すこし恥ずかしそうにしていた。残りの部屋は、客間と浴室だった。
夜になって、夕食の時間になると、父と一緒にアレックス様がやって来た。昼間に着ていた騎士服ではなく、普段着るような服装だった。台所には、当面の食材が沢山置いてあったようだ。慣れない土地で、買い出しも行けないと思って用意してくれたのだろう。アレックス様の心遣いがありがたいと母が言っていた。
アレックス様も含め、久しぶりに家族全員で夕食を囲むことが出来た。何から何まで本当に至れり尽くせりで大丈夫なのだろうか……このままでは贅沢に慣れてしまう。それはマズい。
食後の紅茶を飲んでいる時に、父が改まってアレックス様を見た。お礼を言うのかと思ったがそうではないらしい。アレックス様が私を見た。
「実は、フィーネにずっと言えてなかった事がある」
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