第64話 舞踏会当日です
「お待たせいたしました、アレックス様」
私はアレックス様に向かって淑女の礼をした。真っ白いドレスがふわりと広がりキラキラと輝いている。
「……フィーネ、綺麗だ。まるで妖精姫のようだよ」
アレックス様は満足そうに微笑んで私の手を取ると、手の甲にキスを落とした。
「アレックス様もとても素敵です」
魔法騎士団の騎士服姿だが、礼服用のそれはいつもより装飾品が多い。肩から短めの赤いマントを羽織っており、長身のアレックス様をより惹きたてている。さすが美貌の貴公子だ。
家族に見送られながら、エスコートされて公爵家の馬車に乗った。今夜、王宮の舞踏会でデビュタントするのだ。成人して初めての舞踏会は、年に2回催され、15歳になった貴族はどちらかの会に参加するようだ。リリーもチャーリーも今回の舞踏会に参加すると言っていたので、会場で会う約束をしている。
「今回の会は、ウィリアム殿下のデビュタントでもあるから、規模が大きいし参加する貴族も多い。会場で逸れないように気をつけて。ずっと側についていてあげたいのだが、そうもいかないかもしれない」
心配するアレックス様は、恋人というより保護者に近い。小さい頃から知っているからか、こういう時はどうしても子供扱いだ。
「はい、大丈夫です。学園の友達も沢山来ています。チルチルも髪飾りですが、一緒にいてくれますし、なんとかなります」
ふう、とため息をついた。
「疲れている?」
「あの、少しだけ。朝から準備をして、初めてのことが多くて戸惑いました。公爵家からメイドさんを派遣していただき、助かりました。母と私だけでは、とてもこのドレスを着ることが出来なかったと思います」
ドレスは公爵夫人マリアンナ様の見立てだ。母も一緒になってデザインから仕立てた特注品で、これだけでいくらするのか考えるだけで袖を通すのに緊張した。
デビュタントは白を基調にするそうで、このドレスは白一色だ。ふんわりしたプリンセスラインに、裾の方に金の刺繍で薔薇の模様が散りばめられている。薔薇はアルダール公爵家の家紋にも入っていて、公爵家の象徴だ。胸元には真珠が縫い込まれているし、ネックレスとイヤリングはアレックス様から送られたものだ。今日一日のためにこれだけの品を用意する、庶民の感覚では信じられない事だった。
アレックス様にエスコートされ、舞踏会が催されている大広間に入った。天井からは大きなシャンデリアがいくつもかかり、煌々と会場を照らしている。
私たちの存在に気づいた貴族がコソコソと囁き合い、令嬢たちはアレックス様を見て頬を染める。婚約式以来、公の場に私が姿を現すのは初めてだ。値踏みされるような視線に、竦みそうになった。
「大丈夫だよ、笑って。私の婚約者は愛する君だけだ」
極上の微笑みで、耳元で囁かれた。側で見ていた令嬢が、アレックス様の笑顔に真っ赤になって向こうへ行ってしまった。はい、気持ちはわかります。間近で見た私は心臓が爆発しそうです……
「はい、アレックス様がいてくれて心強いです」
「……そうか、では先に陛下の元へ行こう。デビュタントする者は最初に陛下にご挨拶をする。それさえ終われば、後は気楽に楽しめばいいからね」
「陛下……セイ様の息子さんですよね」
「そうだよ。父の兄で、私の叔父にあたる。優しくて素晴らしい方だよ」
「はい、頑張ってご挨拶しますね」