第62話 sideウィリアム殿下
アレックス兄様が、フィーネ嬢の頬を愛しそうに撫ぜた。
僕はずっとアレックス兄様を尊敬していた。上の兄二人のことも勿論尊敬していたが、魔力量が少なかったため、魔力量が多い僕が目標にするのは自ずと天才魔術師であるアレックス兄様になった。
王の3人目の王子として生まれ、年が離れていたこともあり、両陛下も兄上たちも僕を可愛がってくれた。臣下や貴族が僕のことを、甘やかされた王子、我儘王子と陰で言っていることは知っている。確かに、3度ほど一方的に婚約を破棄したことがある。それを言われると少し反省もするが、こちらだけが悪いとは思っていない。
かなり前から、アレックス兄様に婚約者がいるというのは聞いていた。でも貴族令嬢の中にそれらしき人物は見当たらず、名前や家柄もずっと秘密とされていた。最年少で魔法騎士団長に就任してからは忙しそうにしていたし、婚約者というのも本当はいないのではないかと思い始めていた。夜会にもずっと一人で出席していたから。
僕がトルカーナ魔法学園に入学を希望したのも、アレックス兄様の影響だ。上の兄二人はどちらも王立のミズリー学園を卒業していた。当初はミズリー学園に入学許可を得ていた。でもアレックス兄様の卒業した学園に通うことを諦めきれず我儘を言った、そこは申し訳ないと思うが後悔はしていない。
魔法学園に通うことが決まった頃、アレックス兄様が婚約式をした。王族として歳の近い2番目のベンジャミン兄様は出席したが、僕は呼ばれなかった。家族のみの内輪での婚約式だったらしい。出席したベンジャミン兄様が、婚約者の少女は今年からトルカーナ魔法学園に通うと言っていたのを聞いた。僕と同じ年の少女……だからずっと隠していたのかと思った。少しだけ興味を持ったが、入学してからはそのことを忘れていた。
アレックス兄様を目標に、学園に通うのは楽しかった。秋波を送ってくる貴族令嬢には辟易としていたが、完全に無視していたらそれも最近はおさまってきた。このまま魔法だけを極めていこうと思っていた。
ある日の放課後、何気なく中庭を見ていると、何かを頭に乗せた青い髪の女生徒が中庭を抜けて林の方へ入って行くのが見えた。僕はなんとなく気になって後を追った。女生徒は何かを見つけたようだ。僕はそっと近づいて行った。どうやらウサギが怪我をして動けないようだ。女生徒はウサギの側で膝をついて、癒しの光を使った。……光魔法?いや、もっと違う癒しの光……なんて綺麗な光景だ。
「お前、聖女なのか?」
思わず声が出てしまった。女生徒は慌ててこちらを振り返った。ピンクトルマリンの様な綺麗な瞳が見開かれている。素直に可愛いと思った。綺麗なブルーの髪も、大きな瞳も、庇護したくなるような華奢な肩も……
「あ、あの、これは光魔法の治癒です!聖女なんてそんな、とんでもないです!」
声も可愛かった。確かに聖女がこんなところにいるはずがないと思い、同意しておいた。それにしても不細工なヒヨコを頭に乗せておかしいだろ?そう言うと、このヒヨコはインコの仲間で使い魔だと言う。かなり喋っていたが、それよりもこの女生徒が誰なのかが気になった。制服を着ているのだからここの生徒で間違いないし、緑のバッチは同じ一年生だ。特徴的な使い魔もいる、すぐに身元は分かるだろうとその場を去った。
側近でもあり幼馴染でもあるクリフォードに、少女の特徴を伝え調べるように言った。クリフォードはすぐにその少女のことを調べてきた。
「フィーネ・スミス子爵令嬢、だと?それはアレックス兄様の婚約者の名前ではないのか??」
クリフォードは、気まずそうな顔でこちらを見た。つまりそうだということだ。それでも信じられず、結局自分で確かめに来てしまったわけだが、その僕の前にアレックス兄様は現れて、この状況だ……
「失言でした。フィーネ嬢、すまない……」
僕はそれだけ言って踵を返した。その場から去るのが精一杯だったのだ。