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第5話 アレックスの誤算

「団長、ぼーっと乗っていると、ジョナサンに振り落とされますよ」

 王宮へ馬で向かっていると、並走するマックスが声をかけてきた。

「大丈夫だよ、ジョナサンは賢いから俺のことは落とさないさ」

「何考えていたんですか?もしかして綺麗になったフィーネちゃんのこととか?いや~女の子って大人になるのが早いですよね。この前まで、少女だったのに、今は立派な淑女に見えましたよ」

「……」

 先ほどのフィーネを思い出す。ブルーベルのような綺麗な青い髪が腰の上まで伸び、長いまつ毛に縁どられたピンクトルマリンの瞳が俺を見つめていた。俺の送った白いワンピースドレスを着こなし、そこからすらりとのびる手足は大人と同じだった。ドキリと胸が騒いだのは事実だ。勿論悟られるような態度はとっていない。

「羨ましいですよ。可愛くて、綺麗な婚約者じゃないですか~」

「おい、それはまだ極秘だ。フィーネにも言ってないんだ。まだ早い」

「そうですね、まさかフィーネちゃんが4歳の時から決まっていたなんて、団長が変態だって噂されますよ」

「……そろそろ黙らないと、その口が一生開かないように魔法をかけるが?」

「おっと、すみません。今すぐ黙ります」

 マックスが慌てて、口に片手を当てた。いい奴なんだが、口が軽いんだよな。マックスは魔法学園の1つ下の後輩だった。妙に馬が合ってその頃からの腐れ縁だ。


 俺がフィーネを見つけたのは偶然だった。

 フィオリーナを殺した犯人が死亡して、俺たちを襲った目的もわからないまま捜査は中止された。俺は納得できなかった。何処かで犯人に指示した人間がいるのだ。そいつが罪を問われずに生きているなんて許せなかった。だから、休みの日を利用して犯人を捜していた。

 黒幕の目星はついていた。フィオリーナを刺した犯人が笑った時に、黒い魔法陣が舌に浮かんでいるのが見えた。あれは禁術の黒魔術だ。あんなことが出来る人間は限られているし、禁術を使う人間は更に限られてくる。俺は西の魔女と呼ばれる、年齢不詳の魔女が怪しいと思っていろいろと調べていた。所在を知るものがいなくて、休日を使って探していたのだ。

 フィーネがいた村も捜索の対象だった。森の奥に入ると木々の間にブルーベルの花が群生しているのを見つけた。まるで青いカーペットのような光景の中に、ブルーベルの妖精がいるよう見えた。それがフィーネだった。


 フィーネを見た瞬間、自分の中にいるフィオリーナの魂の欠片がドクドクと騒いだ。思わず近づくと、俺を見上げた妖精が可愛らしい声で聞いてきた。

「あなたは王子様ですか?どこから来たのですか?」

 その言葉を聞いて、俺は思わずフィーネを抱きしめていた。フィオリーナがいつも俺のことを「私の王子様」と言っていたのを思い出して、思わずとった行動だった。抱きしめた瞬間、魂の欠片とフィーネの中の魂が激しく引き合った。小さなフィーネには耐えられなかったのか、気を失ってしまった。

 焦った俺は、フィーネと一緒にアルダール公爵邸へ転送魔法で飛んだ。普段は魔力が膨大にいるため、そんなことはしないが緊急事態だった。飛んだ先は家族の使う居間だった。丁度午後のお茶を楽しんでいた両親と兄は、驚きすぎてお茶を吹き出しそうになった。愛息子が突然幼女を攫ってきたのだ。ドン引きだった。

「違います、いや、攫ったのは本当ですが、誤解しないでください。この子はフィオリーナの生まれ変わりです」

 

 そこからスコット侯爵家の叔父と叔母も呼んで、眠っているフィーネを見てもらった。俺の中の欠片とフィーネの魂が引き合っている。この日のために研究していた魔法でそれを証明した。

 叔父と叔母は喜んで、この子を養子にすると言ったが、父であるアルダール公爵がそれを止めた。この子にも今の親がいるのだから、見守るのがいいと言った。スコット侯爵は渋々納得した。無理やり子を引き離すのは申し訳ないし、奪う行為もしたくない。この子に何かあった時は、無条件に助けようと約束してくれた。

 でも、俺は納得しなかった。二度とフィオリーナを失いたくなかった。この手で守りたかった。

「アレックスの気持ちもわかるが、とりあえずこの子を親元に返しなさい。話はそれからだ。きっと心配して今頃探しているよ」

 仕方がないので、フィーネを連れて帰ることにした。子供の俺では上手く説明が出来ないだろうと、執事のジョセフも一緒に行くことになった。森の奥に転送魔法で飛ぶと、母親と父親らしき人がフィーネを呼んでいた。やはり心配をかけてしまったようだ。ジョセフが森で迷っていたと説明して、その場は落ち着いた。

 

 それから時々、フィーネに会いに村へ通った。王都で騎士を務めるフィーネの父親には、この時点で俺との婚約をアルダール公爵家として正式に打診していた。

「不敬を承知で申し上げますが、平民のフィーネに、それもまだ4歳の子供に婚約だなんて正気ですか?」

 父親のマルクの言葉はもっともだ。公爵家の次男で爵位を継がないと言っても、王弟である父同様俺にも王位継承権があった。勿論王位なんて狙ってないし、そんな面倒なことはごめんだけど。

 冷静に見ても、この申し出はおかしいことなのだろう。でも当時の俺は、やっと見つけたフィオリーナの生まれ変わりを、何としても手に入れておきたかった。その一番手っ取り早い方法が、フィーネと婚約することだったのだ。マルクは流石に渋った。4歳の幼児に婚約を申し込むなんて怪しすぎる。そう顔に書いてあった。

「わかった。本当のことを話すよ。ただしこれは極秘事項だから、家族にも秘密にして欲しい」

 俺はフィオリーナが襲われて死亡したこと、その時に彼女の魂の一部が俺の中に残ったこと、そしてその魂が欠けたままフィーネの中にある事を説明した。魂が引き合う様子を魔法で見せて、やっとマルクは納得してくれた。一生大事にするからと誓い、婚約の誓約書にサインをしてもらうことが出来たのだ。詳しく事情を話せなかったが、ランドレ夫人は肝の据わった女性で、フィーネと婚約すると言うと笑ってこう言った。

「将来結婚するかどうかは、フィーネが決めればいいと思っています。アレックス様が運命の相手なら、きっとそうなりますわ。今のフィーネに婚約と言ってもわかりませんし、アレックス様にも事情が有りそうですからお任せしますわ。でも、この子が嫌がるようなことはしないと約束してくださいね」

 笑顔なのに怖いという感覚を味わったのは、この時が初めてだった。マルク殿はきっとこの奥方の尻に敷かれている。そう確信した瞬間だった。


 俺の中でフィーネは、庇護する対象であり、当時から恋愛感情なんて感じていなかった。婚約もあくまで庇護する理由が欲しかったための手段だった。小さな妹だと思っていたのだ。従妹のフィオリーナのことも大切に思っていたが、それでも初恋の淡い思いだったはずだ。双子の片割れのように育ったフィオリーナに対するそれは家族に対する親愛の情だったはずだ。

 今日、白いワンピースドレスを着こなしたフィーネを見た瞬間、俺の中のフィーネに対する考えが変わった。妖精姫のような可憐なフィーネを独占したいと思ったのだ。これが欲なのだろうか。自分の中に起こった変化に戸惑っている。恋愛感情なんて期待していない婚約だと思っていたが、これは嬉しい誤算というやつか……


 まだニヤニヤしてこちらを窺がうマックスが鬱陶しいので、ジョナサンに指示してマックスを置いて素早く駆けさせた。焦る声が後ろから聞こえたが、無視しておいた。


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