第55話 送別会をしましょう
一階へ降りていくと、丁度父が帰宅したところだった。隣にアルダール公爵夫妻が立っている。
「お父さん、おかえりなさい。公爵様、公爵夫人、ようこそお越しくださいました。あの、今日はどのような…」
「ああ、ただいま。明日ミラ様とセイ様がここを発つと聞いたので、急遽今夜送別会をしようという事になってな、アルダール様も一緒にお越しくださったのだ」
「そうですか。丁度アレックス様も来られていて……」
「父様母様、今日来るとは聞いていませんでした。丁度相談したいこともあったので、後程お願いします」
「まあ、もしかして、フィーネちゃんのデビュタントの件かしら」
嬉しそうにアルダール夫人が微笑んだ。
「そうです。母様にマナー講師とダンスの指南をお願いしようかと、女性のパートは私では指導できないので。勿論パートナー役は私がしますが」
「まあ、それは嬉しいわ。さっそく予定を決めましょうね」
そう言って、夫人に手を握られた。母の手とは違う、柔らかな感触にドキリとした。アルダール公爵夫人は淑女のお手本だと、リリーが言っていた。ここはしっかり頑張って、アレックス様に相応しいと思ってもらいたいと思った。
「よろしくお願いいたします。アルダール公爵夫人」
緊張しながら返事をすると、夫人が残念そうにため息をついた。
「フィーネちゃん。わたくしはあなたのことをもう娘だと思っているの。だからお母様は無理でも、せめて名前で呼んで欲しいわ」
「あ、はい、マリアンナ様」
「はい、よろしくお願いしますわ」
嬉しそうに微笑まれ、こちらが照れてしまった。
「そうか、では私のことはアーサーパパと、」
アルダール公爵様が、自分を指さしてそう言った。さすがにそれは言えなくて困っていると、隣の居間から声がかかった。
「アーサー、何を言っているの?フィーネが困っているじゃない。パパって柄じゃないでしょ」
ミラ様が呆れたような顔でこちらを覗いていた。隣の居間からは肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。それにつられたのか、私のお腹がキューと鳴った。恥ずかしくて俯いていると、父が皆を食堂へ案内しだした。
『お、めっちゃええ匂いするやん』
目を覚ましたのか、頭の上でチルチルがパタパタとすると、食堂へ向かいかけた皆が一斉にこちらを見た。
「フィーネ、頭にヒヨ……」
「お父さん!!これは精霊です。可愛い小鳥さんです!!」
父が指をさして、ヒヨコと言い出しそうだったのを慌てて遮り、チルチルが精霊で小鳥だと伝えた。このくだりは何回繰り返したら、チルチルは小鳥だと周知されるんだろうか……
アルダール夫妻も、びっくりして頭の上のチルチルを見ている。私はチルチルが乙女の涙から出てきた精霊で小鳥の姿だと説明した。精霊の存在は初めて見たと、皆驚いていたが、気さくなチルチルにみんなすぐに馴染んだようだ。今だ馴染めないのは飛び蹴りをくらったセイ様と、アレックス様だけだった。母はチルチルを見て、すぐに可愛い小鳥さんねと言っていた。これのどこがそう見えるんだ??と父は母を見ていたが、母は気にせず料理を配膳していた。私とロンも手伝ってたくさんの料理がテーブルに並んだ
公爵家のスタイルとは違うから心配したが、アレックス様がこっそり私に耳打ちしてくれた。
「父も母も若い頃お忍びで街に出ていたから、こういう食事も実は慣れているんだ。大丈夫だよ」