第41話 前陛下は死にましょう
「それから10年、イザベラと共に過ごしたけど、とうとう彼女は心を回復することなく死んでしまった。5年前、死に際に「あなたを憎んでいます」と言って息を引き取った。恨まれて当然のことをした。自分のことしか考えてなかった。イザベラにも、ミラにも酷い男だったと思うよ」
ミラーリア様が呆れたようにため息をついた。
「あなた、まだわかってないの?本当にダメな男。イザベラ様はあなたを心から愛していたのよ。でも、最後すらそれを言えなかった。あなたが言わせなかったのよ。だから、反対の言葉を言った。最後はきっと正気だったのよ。だからあなたが一生忘れられない言葉を残して旅立った」
ミラーリア様は少し寂しそうにそう言った。前陛下は俯いて泣いていた。二人は愛し合っていた。でも、それはイザベラ様の人生を踏みにじるものだった。見方を変えれば、加害者は被害者だった。
「……イザベラ様は、不幸なままでしたか?」
私は思わず聞いてしまった。不幸なまま亡くなってしまうのは嫌だった。
「……僭越ながら、発言をお許しください」
先ほど、案内をしてくれた執事さんだ。
「前王妃様はここでアレクセイ前陛下と暮らせて幸せだったと思います。イザベラ様が婚姻されてから、ずっと従僕として仕えさせていただき、ここへ来てからは執事として仕えました。フィオリーナ様の事件を受け止めきれず、忘れてしまった部分もありましたが、イザベラ様はアレクセイ様と一緒に過ごされ嬉しそうに微笑んでいました。きっとミラーリア様がいたことも忘れていたのだと思います。亡くなる間際、イザベラ様はすべて自分がしたことだ、悪いのは素直になれなかった自分だと、私におっしゃいました。……私には心が戻っていたように見えました」
「そうか、ずっとイザベラに仕えたトマスが言うなら、そうなのかもしれないな」
「……では、お婆様が俺たち、いや、俺を襲うように指示を出したと、そういうことか」
「当時フィオリーナが殺害されたと聞いた時、イザベラはどうしてあの子が、それは間違いよ、と叫んだのだ。私は、愛していた孫娘を失ったのが信じられなくて、そう言ったと思っていたが、そのままの意味なら、殺害を指示したアレックスがどうして生きて、フィオリーナが死んだのか?という事だったのかもしれない。その後、イザベラは飛び降り自殺をはかって、心が壊れてしまったから、それを確認できなかったが……そうであったとして、それでもそれは心が病んでしまった末の行動だ、その原因をつくった私に彼女を責めることは出来ない」
「そうね、私の孫を殺したくなるほど、私はあの方に憎まれていたわ……アレックスは私の代わりに狙われたの、本当にごめんなさい。私は魔女らしく火炙りの刑になって死ぬことにするわ。そうね、前陛下が崩御後すぐに公開処刑にしましょう」
そこにいる全員がぽかんとした顔でミラーリア様を見た。前陛下が崩御することが前提で、ミラーリア様は火炙りになるという。言っている意味を理解できる人はいないようだ。
「あの、アレクセイ前陛下の持病は、たぶん治っていますよね……先ほど癒しました」
前陛下は気づいていなかったのか、驚いた様子で私を見た。ミラーリア様はにっこりと笑った。
「そうね、聖女が乙女の涙を持って癒したんですもの。完治しているわね」
「治癒魔法師でも、治せない病を治したのか……でも、それなら私は当分崩御などできないぞ??」
「勿論、本当に死んで欲しいとは思ってないわ。前国王陛下であったあなたは死んで、これからは冒険者ミラの相棒として生きて欲しいの」
「でも、君は公開処刑で火炙りになると……?」
「魔女はね、火炙りでは死なないのよ。魔女といえば火炙りの処刑が多いけど、でも魔女仲間たちの間では有名な話があるの。火炙りで死ぬのは魔女じゃない、火炙りで魔女は殺せないっていう話」