第37話 乙女の涙
「ああ、それはこのままだとアレックスが死んでしまうから……かしら。可愛い孫を助けたかったの。欠けた魂もそうだけど、欠片が入ったあなたも実は疲れているのよ。魂が引き合えば両方が疲れる、当たり前よね。でも、おかしいわね、今は引き合ってないわね……」
「あ、あの、これでしょうか?」
私はミラーリア様から引きちぎったペンダントトップ、乙女の涙を見せた。引きちぎってからずっと握り込んでいた。
「あら、いつの間に?そう、乙女の涙は初代聖女の持っていた宝石、だったわね。それがあれば、魂は安定して引き合わないのね。ではその宝石は、あなたにあげるわ。殺そうとしたお詫びに……私も必死だったのよ。ごめんなさい。私思い込みの激しい面があるらしくって、暴走してしまったみたい」
「俺は当分許せそうにない。俺のフィーネを殺そうとするなんて……」
「え?この少女はあなたの想い人??……そう、それは本当に殺さなくて良かった……一生恨まれるのはごめんだわ」
「ママ……かなりハチャメチャな性格だったのか……小さすぎてあまり覚えてないが、いや、そういえばドラゴンの牙は高く買い取ってくれるからと、私を背負ったままドラゴンを倒していたか?」
アルダール公爵様が思い出したように、ため息をついた。ミラーリア様は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、小さかったのに覚えているの?あれは買い出しの帰り道で、偶然遭遇したから仕方なかったのよ~」
「それで、これからどうする。このままでは収拾がつかないぞ」
「そうね、とりあえずもう一度アレクセイに会いに行くわ。白昼夢と勘違いするなんて、失礼しちゃうわ。それにアレクセイなら本当の犯人を知っているような気がするのよ」
「わかった、これから謁見の申し込みをしよう。堂々と正面から会いに行けばいい」
アレックス様が、そう言って風魔法で手紙を送ったようだ。様子をうかがいにやって来た母は、アルダール公爵様まで応接室にいたので驚いていたが、温かいお茶を人数分用意すると、何も聞かずに出て行った。
ゆっくりお茶を飲んでいると、風魔法で書簡が飛んできた。
「今夜、住んでいる離宮で会うそうだ。マックスにも連絡を入れないと……忘れていた……」
あれから疲れ切った様子のマックス様と合流、打ち合わせをした結果、西の魔女の処遇はとりあえず魔法騎士団団長預かりで保留することになったらしい。
私は一緒に離宮に行くため、母に手伝ってもらって謁見用のドレスを着ていた。アレックス様が今後のためにと贈ってくれたものだ。鮮やかな水色の生地が引き立つシンプルなデザインで、舞踏会用とは違い肌の露出がない清楚なものだ。髪はハーフアップにして、ドレスと同色のリボンをつけた。薄く化粧をすれば、即席ながらどこから見ても貴族の令嬢に見えた。
「良く似合っている、可愛いよフィーネ」
そう言って私の手を取り、手の甲にキスを落とした。魔法騎士団の騎士服を着たアレックス様は、さすが美貌の貴公子と呼ばれるだけあって、絵本の王子様そのものだ。
「では行こうか。父は先に離宮に向かった。行けば通れるように手配してくれている」
ミラーリア様は黒のドレスを着て、黒のベールのついた帽子をかぶっている。未亡人が着るような服装だ。髪も後ろでまとめて結い上げているので、上手く印象が変わっている。
馬車に乗り込んで、王宮の端にある離宮に到着した。王妃であったイザベラ様が15年前に体調を崩したのを機会に、王太子であったマルク-ル殿下に王位を譲って、退位した後に離宮に移ったそうだ。そのイザベラ様も5年前に亡くなっている。