第193話 sideアレックス 帰還①
「ああ、そうだな。色々とあるんだが、どこから話せばいいか…」
「出来れば、納得できるところから説明してください」
「そうか、その前に、抱きしめてもいいか?フィーネを感じたい、まだ夢を見ているのかもしれないから…」
彼女は真っ赤になって頷いた。俺はそっとフィーネを抱きしめてその温かさを感じた。やっとだ、やっと戻って来られた。
トリアン王がミラお婆様の解呪で元気になったのは、解呪から3か月以上たってからだった。思った以上に体力は落ち、復帰は出来ないのではと言う医者もいたほどだ。ミラお婆様が魔法薬を作り様子を見ながら機会を待った、何とか国務に復帰できると判断したのは半年を過ぎた頃だ。フィーネを攫った実行犯の証言、魔法石と家紋の入った革袋はマルク-ル陛下の影を通じて俺に届けられた。
それを手掛かりに、俺は少人数でマスル伯爵の屋敷へ侵入した。王弟派であることは勿論把握していたが、見た目が大人しく何か重要なことを担っている人物には見えなかったため、後回しにしていた人物だった。結果的に実行犯への指示書、黒魔術の依頼書、違法魔法石の作り方など、マスル伯爵が関わっていた案件は多岐にわたり、それを証拠に王弟派を追い詰めるには十分な証拠が揃っていた。
俺は王弟であるネイサン殿下に偽の情報を流して罠は張ることにした。トリアン王がとうとう力尽きて、危篤状態であると。そして嬉々としてやって来たネイサン殿下に、陛下の遺言を伝えた。
「王弟ネイサン殿下、王亡き後は私が王配となりカトリーヌ王女殿下を支えてまいります。ネイサン殿下には、安心してご隠居していただきたいと思っております。陛下の遺言にもそのように書かれており、陛下亡き後に公開される予定です。長きにわたりご助力いただき感謝の念に堪えません」
俺は余裕の笑みを浮かべ、ネイサン殿下を見た。王弟殿下はみるみる顔を歪め憎悪のこもった目で俺を睨んだが、即座に胡散臭い笑顔を浮かべ微笑んだ。
「そうですか、カトリーヌ殿下の王配はわたくしの息子だと思っていましたが、兄上の考えはどうも違っていたようですな…わたくしはこれで失礼しますよ」
その夜、俺の寝室には引っ切り無しに刺客が送られてきた。トリアン王が亡くなり遺言が公開される前に俺を亡き者にしたいのだろう。寝不足になるので迷惑な話だと思いながら、刺客は一人残らず叩きのめし捕縛しておいた。これだけの証人がいれば王弟も言い逃れ出来ないだろう。
水面下で王弟派の貴族の不正や弱みを握り、じわじわと力を削いできた。王弟はまだ気づいていないようだが、中立派と王派で王宮の勢力の半数を掌握できている。王弟のしてきたことを公にし、断罪する舞台は整った。
それから数日後、トリアン王が少し回復して遺言を書き換えたと王弟に偽の情報を流した。王配を王弟の長男の名に変えたという内容だ。こうなれば王の気が変わる前に殺そうと焦るだろう。王配候補の俺に何度も刺客を送っているのに、結果は芳しくないのだ。そうなれば弱っている王を葬ろうと動くのが道理だ。
俺も焦っていた。一か月後にはフィーネの通っている魔法学園の卒業記念舞踏会だ。それまでに帰還できなければ、俺は一生フィーネをこの腕に取り戻すことが難しくなる。最悪略奪するという方法が頭をよぎったが、それはあくまで最終手段だ。
その夜トリアン王を安全な場所に避難させ、俺は王のふりをしてベッドに寝ていた。疲れた体に質のいい布団は毒だ。本気で寝そうになり眠気と戦っていると音もなく気配が近づいてきた。俺は勢いよく布団を跳ね上げ、刺客に向けて攻撃魔法を放った。刺客は見事に吹っ飛び白目をむいていた。