第181話 逃げるが勝ちです
どうやら欲を出した誘拐犯は、今すぐに雇い主の所には連れて行く気はないようだ。それならばまだここは国境を越えていないのだろう。
「まあ、期日が迫ったら使うけどな…」
ゆっくりはしていってくれなさそうだ…ならば出来るだけ早くここから逃げないと。私はじっと考えた。今出来るのは縄を解いてここから逃げ出すくらいしかないが、何人いるのか分からなければ、戦闘にもっていくのは不利だ。少し様子を見ようと、逸る心を落ち着かせた。
「とりあえず、攫った娘を確認しておくか…薬で眠らせたから、まだ寝てるだろうけどな」
ギシっと音が鳴って蓋が開いた。少し眩しいが我慢して目を閉じていた。
寝ていると思われているならその方がいい、目を閉じて寝ているフリをした。
「どれどれ、おお、まだ寝ているぞ。今の内に飯にしておくか?まだ起きないだろう」
「おお、そうだな。みんなで行っても大丈夫か?起きないか?」
「大丈夫だろ、手足縛っているんだし、小娘一人で何も出来ないさ。腹が減った。行くぞ」
どたどたと足音が遠ざかっていく。多分靴音は4人分、誰もいなくなった今がチャンスだろう。私は目を薄っすら開けて周りに人がいないことを確認すると、一生懸命口を塞いでいる布をずらした。魔法詠唱するのに邪魔だったのだ。空気が口の中に流れ込んでくる。ハアハアと息を整え、氷魔法を発動すると腕と足のロープを切った。長い間拘束されて痺れていたが、何とか動けそうだ。
立ち上がって周りを見ると、机の上に革袋があり中から転移用の魔石が見えた。私はそれを掴むと窓際に音をたてないように寄った。
「なんだか間抜けな誘拐犯ね…まあ、私が使ってもいいわよね?」
それに魔石の入った革袋にはご丁寧に家紋が刺繍されていた。きっとこれを渡した雇い主の者だろう。私は5個入った魔石の一つを手の平の上に乗せ、転移魔法の呪文を詠唱した。何度も転移魔法を使っているところを見ていたから呪文は覚えていたし、授業でも習っていた。小娘と侮った犯人が悪いのだ。
「ご愁傷様。魔法学園の生徒をなめないで欲しいわ」
眩い光に目を閉じて、次に目を開けるとそこは見慣れた王宮の自室だった。
「フィーネ様?!」
侍女のミリアさんが、驚いて声を上げた。どうやら無事生還できたようだ。
「ただいま、ミリアさん。あの、ところで私はどうなったと聞いているのかな?」
「…攫われたといって、今王宮は騒然となっていますが…何がどうなってここにおられるのですか?」
「う~ん、そうね。色々ってほどのことはないけれど、ウィルって今王宮にいるかしら?」
「すぐに確認してきますので、フィーネ様は入浴しておいてくださいませ。体中泥だらけでございます」
姿見に映った私は、頭から足先まで泥まみれだった。どうやら入れられていた木箱があまり綺麗なものではなかったようだ…
「わかったわ。自分で入浴できるから、終わった頃にウィルに会えるように手配してくれる?」
「畏まりました。本当に無事で良かったです。さあ、ゆっくりと入浴してください」
安堵した笑顔で浴室まで案内され、ミリアさんはそのままウィルを探しに部屋を出ていった。私はたっぷりの泡で汚れを落として湯船でゆっくりと体をほぐした。縛られていた足と手は沁みないように、先に癒しておいた。
「はあ~散々な誕生日になったわ。されたことはきっちりお返ししないとね…」
犯人の顔を見る前に逃げ出したため、実行犯は見当がつかないが、持って帰った革袋を調べれば依頼主は分かるはずだ。さすがに隣国の家紋までは覚えていなかったので、あとでウィルに教えてもらおうと思ったのだ。