第164話 王子妃教育は要りません
それから放課後と、休日を使って王子妃教育が始まった。本来なら、貴族令嬢であれば幼少から貴族としてのマナーを見ながら生活をして、初等部に行く頃には家庭教師をつけてもらい一通りのマナーを身につけるらしい。
ところが私は、平民として育ち、最低限は元子爵令嬢の母に教わったが、それでも家庭教師など勿論つけてはいなかった。つまり私のマナーの知識は、魔法学園に通う前に少し習った程度だった。そのため連日教育係を務める講師の婦人に、辛く当たられることも多かった。
「フィーネ様、殿下の隣にお立ちになるには、あまりにもお粗末ですわ。立ち姿ひとつ満足に出来ないなんて…本当に嘆かわしいことですわ。いいと言うまで、そこで立っていて下さい」
特にマナー講師として来ているウォード伯爵夫人は、事あるごとに言葉で責めてくる。鞭をふるうわけではなかったが、それでもネチネチと言われると気持ちが疲弊する。チルチルが頭の上で怒っているのも分かっていたが、出来ていない私が悪いので気づかないフリをした。
『なんや、あのおばちゃん、めっちゃムカつくわ!なんで言い返さんのや』
苦行の時間が終わって自室に戻った瞬間チルチルが爆発した…ずっと頭の上でお小言を一緒に聞いていたのだ、よく我慢してくれたと思う。
「ごめんね。言われていること自体は正しいし、嫌味は多いけど出来てない私が悪いんだよ…」
『フィーネがいいなら言わんけど…辛いんやったらウィリアムに言いや。あいつやったら何とかしてくれるやろ』
「う、ん。出来れば言いたくないな…私が出来れば嫌味もなくなるはずだし、兎に角頑張ってみるよ」
マナー講習も始まったばかりだった為、この時は前向きな気持ちで取り組んでいた。
「なんですか、その歩き方は。姿勢がなっていません。ドレスが上手くさばけていませんわ」
「はい、申し訳ありません」
「何度も言わせないで下さい。いいと言うまで歩き続けてください」
その後もウォード伯爵夫人は、不機嫌な態度で文句を言い続けた。さすがに5日間お小言と歩き続ける行為を強要されて、疲労が溜まっていた。
「何ですか、フラフラしていますよ。ちゃんと姿勢を保ってください。こんなことも出来ないなんて、王子妃になるなど無理ですわ。平民は平民らしくしていればいいものを」
「え……?」
「ですから、わたくしはこのようなことをしても無駄だと言ったのですわ。それなのに…」
話が見えないが、どうやらウォード伯爵夫人は私のことを王子妃にすることに反対なのは分かった。
「あの、ウォード伯爵夫人、何を言っているのでしょうか?」
「あなたなんかが、ミネルバ様に敵うはずがないのですわ。平民の娘が王族になるなんて、嘆かわしい」
ミネルバ様?知っている名前にドキリとした。ブレス侯爵令嬢のミネルバ様は、私を害そうとして罪を犯し、現在神殿で奉仕活動に従事している。
「あなたのせいで、私の可愛い教え子が罰を受けました。わたくしはあなたのことが憎いのですわ」
「…あ……」
「わたくしは、講師を降りますわ。罰を下すなら、どうぞ殿下に告げ口なさってください。ですが覚えておいてください。その様にあなたを思っている貴族は少なくないのです」
ウォード伯爵夫人はそのまま去ってしまい、茫然と私は立ち尽くすしかなかった。足が歩きすぎて痛んだが、自分で癒やす気力も出なかった。
『大丈夫か?フィーネは気にせんでええで。あのおばちゃんが言っているのは、いちゃもんや』