第160話 sideウィリアムの心境
目の前でフィーネが魔物に襲われそうになった時は、本当に肝が冷えた。
「フィーネ、逃げろ!」
咄嗟に叫んだが、魔力を使い果たしたフィーネは動けそうになかった。万事休すかと思った時、魔物は吹き飛んで消えていた。一瞬の出来事だった。
フィーネは崖の方に這って行き、崖下を気にしていたがそのうち泣き出してしまった。僕はそんな彼女を抱き寄せた。少しは食べられるようになっていたようだが、相変わらず華奢な肩だった。僕はフィーネを抱き上げてすぐに移動することにした。彼女とアレックス兄様を会わせたくなかったのだ。
先ほどの圧倒的な威力の雷魔法は、アレックス兄様のものだと確信していた。きっと崖下でフィーネの危機を見て、助けてくれたのだ…フィーネもその可能性に気づいて探したのかもしれない。
「さっきの魔物、…ウィルが…助けてくれたの?…ありがとう」
「あ……」
否定しなくてはいけないと思いながら、誤解したフィーネに咄嗟に言葉が出なかった。今彼女の側にいるのは僕だ、そこにアレックス兄様の存在は邪魔だった。
「そっか…そうよね、きっと気のせいだったのね…」
静かに泣くフィーネを抱いて運びながら、罪悪感を必死に押し込めた。アレックス兄様が助けたと知ったら、きっとフィーネは喜ぶのだろう、そんな顔は見たくなかった。
フィーネの頭に乗っている鳥と目が合ったが、気づかないフリをしてそのまま森を出た。
その後、フィーネの回復を待ってジョンソン辺境伯領から戻ってきた。2日ほど寝込んだフィーネを見ながら、今国境の森に行けばまだアレックス兄様に会わせてあげられるのでは?と何度も考えた。その度にもういないだろうと否定しては罪悪感が増す、そんな事を繰り返していた。帰路もそんな葛藤を繰り返し、王都に着いた時にはかなり疲弊していた。さらに帰路の途中、鳥に言われた言葉が重くのしかかる。
『嘘は人のためにつくんやで。十分反省したんやったら、今出来る事をしたらええ』
どうやら僕のついた嘘を、鳥はフィーネに言わないようだ。その事に内心ホッとした自分の狡さにさらに落ち込んだ。王都に帰還してからも、ずっとその事を考えていた。ぼくに出来る事は何だろうと…
夏の暑さも終わりを告げるころ、後期の学園が始まった。
2年生は、進学や就職に向けて後期は忙しいのだ。僕はもちろん進学を希望している。兄二人がいるため、自分が王位を継ぐことはまずないだろう。小さい頃からアレックス兄様に憧れていた僕の希望は、魔法騎士団に入ることだった。それもあって魔物討伐隊に加えてもらったのだ。
今回の経験を生かして、さらに精進していこうと思った。あの時フィーネを救ったアレックス兄様の魔法を目の当たりにして、まだまだ足りないのだと実感したのだ。
あれからフィーネも少しずつ元気を取り戻したようで、進学に向けて意欲的に取り組んでいる。薬草園にも通っているようで、ノア先生との噂も相変わらずあるようだ。事実無根であることは知っているが、噂だけでも正直面白くない。一応僕が婚約者なのだ。噂するなら僕でいいだろうと思う。
誤魔化していた気持ちも、今ははっきりと自覚している。そして、フィーネが誰を想っているのかも知っている。それでも…
「もう少しだけ、側にいたいんだ…」